寛永一七年(一六四〇)—宝永七年(一七一〇)三月一五日。総誉。伊予国奥浦(愛媛県宇和島市)に漁夫の子として生まれる。万治元年(一六五八)に父を、延宝元年(一六七三)に母を喪うしない出家の志をおこした。遺言どおり母の七回忌に四国遍路の巡礼に出る。四〇歳のとき、寿永寺(愛媛県大洲市)高誉弁山の弟子となり受戒し、寿永寺末本誓寺に入寺して二世となった。宝永六年(一七〇九)一〇月一日に霊告を授かり往生の期を知った。
【資料】『続日本高僧伝』一〇(仏全一〇四)、『総誉安西法師往生記』
【執筆者:大屋正順】