華厳経
提供: 新纂浄土宗大辞典
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けごんぎょう/華厳経
詳しくは『大方広仏華厳経』。ⓈBuddha-avataṃsaka-nāma-mahāvaipulya-sūtra。「仏の華飾りと名づけられる広大な経」の意味。サンスクリット原典は、「十地品」(ⓈDaśabhūmikasūtra、菩薩行を一〇段階で説く部分)と「入法界品」(ⓈGaṇḍa-vyūha、茎の荘厳)二品は全編が現存するが、他の品は部分的に残っているのみである。これら単独の経典が集大成されて『華厳経』として成立した。漢訳には東晋・仏駄跋陀羅訳の通称『六十華厳』、唐・実叉難陀訳『八十華厳』、唐・般若訳『四十華厳』が現存するが、『四十華厳』は「入法界品」一品のみのテキストである。チベット訳は全巻現存している。本経は釈尊の成道に焦点を当て、菩提樹下で正覚を得た釈尊(毘盧遮那仏)がその場を立ち上がらないで、しかも三昧に入っているから、一言も発しないままで説法するという形をとっている。しかし実際には『六十華厳』では七処八会、『八十華厳』では七処九会と言われるように、仏は菩提樹下を離れることなく、しかも自在に座を移し説法する様子が説かれる。その説法は三昧の状態から光明により普賢菩薩を代表とする大菩薩たちが仏の真意を自由に説示する。他の大乗仏典よりも仏の正覚自体を開示したものとしての優位性を誇示し、内容的には『般若経』の十地を受けて、菩薩独自の十地行を詳細に説いている。また入法界品の善財童子の求法物語は信と行の重要性を示すものである。本経に基づいて中国では華厳学派が成立した。『六十華厳』には智儼の『華厳経捜玄記』、法蔵の『華厳経探玄記』などの注釈があり、『八十華厳』には慧苑の『刊定記』、澄観の『疏』『演義鈔』などがあり、『四十華厳』にも澄観の注釈がある。本経と華厳教学は新羅・高麗から韓国仏教、そして日本にも流伝し、大きな影響を与えた。特に日本では聖武天皇の本願による大仏と東大寺の造営により華厳宗が成立した。
【所収】正蔵九(『六十華厳』)、正蔵一〇(『八十華厳』)
【参照項目】➡華厳宗
【執筆者:吉津宜英】