—嘉禄三年(一二二七)一〇月九日。比叡山西塔さいとうの院主いんじゅを務めた権僧正。藤原長輔の息で長実の孫にあたる。『翼賛』では藤原尹覚いんかくの息とする説も挙げ、決しがたいとしている。八九世天台座主毘沙門堂公豪びしゃもんどうこうごうに灌頂かんじょうを授けている。当初法然の真言の師で後に弟子の礼をとった重宴阿闍梨ちょうえんあじゃりの弟子で、重宴の勧めで法然に法を問い、後に受戒して同じように法然の弟子となる。嘉禄三年一〇月九日寂。
【資料】『尊卑分脈』二(『新訂増補国史大系』五九)、『四十八巻伝』一三(聖典六)、『翼賛』五七(浄全一六)
【執筆者:野村恒道】