吉原自覚
提供: 新纂浄土宗大辞典
よしはらじかく/吉原自覚
明治一九年(一八八六)八月一六日—平成二年(一九九〇)三月三〇日。金剛定院精蓮社神誉明阿、字は不動。近代の布教僧。宗門功労者。佐賀県藤津郡大浦村(現・太良町)の正伝寺住職、吉原真隆の長男として出生。のち師父の転住に伴い同郡多良村(同)の誓願寺に移る。浄土宗第八教区教校、浄土宗高等学院(在学中に宗教大学へ改称)を経て、宗教大学研究科を卒業。この間に伝通院にて勤息義城より宗戒両脈を相承。卒業後、ハワイ開教使として布教に従事し、帰国後は宗教大学教授、大正大学教授を歴任。また宗教大学在学中に芝山内の常行院に晋董、のち師父真隆のあとを継ぎ甲府善光寺に転董。その後も両寺の護持に尽力した。世寿一〇三歳。
【参考】吉原自覚『覚醒への道標』(東洋文化出版、一九八四)
【執筆者:石川琢道】