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慧海

提供: 新纂浄土宗大辞典

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えかい/慧海

東魏・天平三年(五三六)—隋・大業五年(六〇九)。清河武城(河北省)の人。姓は張氏。幼くして出家し、北周・大象二年(五八〇)江都(江蘇省江都県)に安楽寺を建立。つねに浄土往生を願い精励怠ることがなかった。斉州(山東省歴城県)の僧・道詮が無量寿仏の画像を持ち来たって「これは天竺鶏頭摩寺の五通菩薩、空に乗じて安楽世界に往くの図写である」(正蔵五〇・五一五下、意訳)と言ったところ、慧海はこれを模写してねんごろに浄土往生を願ったという。また『安楽集』第四大門に説かれる六大徳の一人である「大海禅師」(浄全一・六九四下)が、この慧海のことではないか、という説がある。


【資料】『続高僧伝』一二


【参考】服部仙順「六大徳相承説に就いて」(浄土学八、一九三四)、山本仏骨『道綽教学の研究』(永田文昌堂、一九五九)


【執筆者:曽和義宏】