ぜんしょうじ/全政寺
広島県庄原市西城町西城。亀尾山永照院。広島教区№七〇。西城川西方の亀尾山東麓に位置する。明国から石見国に漂着した林頓慶が、元亀元年(一五七〇)頃、当時西国各地で活発な布教活動を行っていた僧日快策伝を開山に招き建立。全政寺の名は、頓慶が祭政一致による平安の世を願ったことに由来する。当初は西山深草派であったが、四世隆誉代から知恩院末寺となる。江戸時代には触頭としての役割を果たす。明治時代には西城小学校の前身である集成舎の校舎として本堂を使用するなど地域の中心であった。
【資料】『久代記』(兼利本第二巻付録)、『日本歴史地名大系』三五(平凡社、一九八二)
【執筆者:佐藤和順】