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衆生

提供: 新纂浄土宗大辞典

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しゅじょう/衆生

Ⓢjagat(生物)Ⓢbahu-jana(世間の多くの人々)などの訳としても使われるが、一般にはⓈsattva(生きとし生けるもの、薩埵さった)の訳語。「生存している」という意味のⓈsatに抽象名詞をつくるⓈtvaを加えた語で、本来「生存しているもの」を表す。ただ、いわゆる「生物」とは範疇を異にし、仏教世界観では器世間(環境世界)に属する植物は衆生とは見なさず、輪廻の中にあるそれぞれの趣にいる生き物や、十方世界にひろがる他の仏国土の生き物を示す。すなわち感情や意識をもつものとされ、有情、含識とも訳され、さらに含生・含情・含霊などといわれる。チベットではこの意味をふまえてⓉsems can(心を有するもの)と訳す。玄奘以降の新訳では有情と訳す。


【参照項目】➡有情


【執筆者:吹田隆道】