—寛永一五年(一六三八)一一月七日。円蓮社信誉。清浄華院四〇世。相模国小田原の人。源誉存応に師事し、相模国中原に大松寺、武蔵国三田に大松寺を建立した。小田原の大蓮寺に住した後、寛永三年(一六二六)一二月勅請によって清浄華院に転昇した。同六年に隠退して再び江戸に下り、同九年芝に宝樹庵(後の芝宝松院)、宇多川橋新銭座に大蓮寺(後の麻布善長寺)をそれぞれ建立し、宝松院で没した。
【資料】『清浄華院誌要』(浄全二〇)、『総系譜』『浄源脈譜』『三縁山志』(共に浄全一九)、『浄土宗寺院由緒書』上・下(『増上寺史料集』五・七)
【執筆者:石川達也】