延宝八年(一六八〇)—宝暦五年(一七五五)八月六日。正蓮社法誉源国空然。金戒光明寺四一世。讃岐国高松の人。滝山大善寺の二二世となり、寛保三年(一七四三)、金戒光明寺に転住する。寛延三年(一七五〇)四月、御影堂に常念仏の規式を開白し、八月に松平讃岐守の戒師をつとめた。宝暦四年(一七五四)に松林寺に隠居し、翌年に没した。著作に迦才『浄土論』の唯一の注釈書である『迦才浄土論余暉鈔』五巻(続浄七)がある。
【資料】『黒谷誌要』『滝山大善寺志』(共に浄全二〇)
【参照項目】➡迦才浄土論余暉鈔
【執筆者:工藤量導】