和銅元年(七〇八)—神護景雲二年(七六八)二月一五日。摂津守藤原致房の子、母は紀伊守懐信の八女。正月一五日に善算と双生児として誕生。九歳にして善算と共に天王寺栄湛に師事、一七歳で出家、神亀四年(七二七)善算と共に師のもとを去り、勝尾山に入って草庵を結び、浄土往生を願って修行した。天平神護元年(七六五)、光仁帝の皇子開成かいじょうが勝尾山に入山するにあたり戒を授けた。
【資料】『東国高僧伝』二(仏全一〇四)、『翼賛』六、五〇(浄全一六)、『古流記』(勝尾寺蔵)
【参照項目】➡勝尾寺
【執筆者:伊藤弘道】