「魯洞」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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2018年3月30日 (金) 06:35時点における最新版
ろどう/魯洞
天正七年(一五七九)—寛文五年(一六六五)一二月一六日。心蓮社聖誉玄恕。遠江国横須賀(静岡県掛川市。一説に駿府)の人。天正一六年(一五八八)に泉涌寺徳誉のもとで出家。同一九年、館林善導寺の随波に師事して宗義を究める。のちに師命により泉涌寺の住職となる。寛永八年(一六三一)紀伊藩主徳川頼宣の請により紀伊国の大智寺に居住する。また、同国大恩寺ならびに堺の大阿弥陀経寺を中興した。常に口称三昧を行い、その間に『無量寿経』等を読誦して日々を過ごし、道俗の信仰を集めた。
【資料】『浄土列祖伝』五(続浄一六)、『続日本高僧伝』一一(仏全一〇四)
【参照項目】➡大阿弥陀経寺
【執筆者:朝岡知宏】