「栖了院」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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せいりょういん/栖了院
愛知県田原市上紺屋瀬古。間宮山金殿寺。三河教区№二六。永禄二年(一五五九)畠村(田原市福江町)の領主間宮直綱が吟龍を請じ菩提所としたのに始まる。享保五年(一七二〇)九世顕誉が、昭和三年(一九二八)二一世加藤卓法が本堂を再建する。同一七年に原ノ島にあった潮満観音を移転して観音堂を建立したが、伊勢湾台風により塔頭寺院宝寿軒と共に倒壊する。二六世天野法信により同三六年に観音堂、同五五年に本堂を再建。毎年八月一〇日の潮満観音縁日には多くの参詣者が訪れる。
【参考】渥美町史編さん委員会編『渥美町史』歴史編上(渥美町、一九九一)
【執筆者:朝岡知宏】