「飯山」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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2018年3月30日 (金) 06:19時点における最新版
いいやま/飯山
神奈川県厚木市。隆寛入滅の地。安貞元年(一二二七)嘉禄の法難で奥州配流途中の隆寛を、護送役であった森(毛利)の入道西阿(毛利季光)が所領毛利庄飯山に伴った。八月一日飯山に入った隆寛は西阿の庇護の下に安穏な生活を送っていたが、一二月一三日風邪のために八〇歳で入寂した。この地の光福寺(浄土真宗本願寺派)はもと教念寺という浄土宗の寺で、隆寛を開基として墓碑が立つ。また近くには隆寛の草庵であったという隆寛堂と呼ばれる阿弥陀堂(明治初期廃寺)があった。
【参考】『厚木市史』中世通史編(厚木市、一九九九)
【執筆者:大谷慈通】