「耆闍崛山」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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2018年3月30日 (金) 06:22時点における版
ぎじゃくっせん/耆闍崛山
中インド古代マガダ国の主都王舎城を囲む五山の一つチャッター山の南面にある山。釈尊がその山上で説法した。ⓈGṛdhra-kūṭaⓅGijjha-kūṭaの音写。霊鷲山、霊山、鷲の峰と訳す。山の頂が羽を拡げた鷲の形に見えるところからこの名がある。ビンビサーラ王が釈尊の説法を聞くために登ったとされる小路が今も用いられている。『無量寿経』上の序分に「我れ聞ききかくの如きを。一時、仏、王舎城の耆闍崛山の中に住して、大比丘衆万二千人と俱なりき」(聖典一・二一三/浄全一・一)とある。『観経』『大品般若経』『法華経』『金光明経』などの多くの大乗諸経典がこの山で説かれた。浄土宗伝宗伝戒道場の要偈道場では二河白道の東方に釈尊の霊山浄土、西方に阿弥陀仏の極楽浄土を示し、受者は東方より西方に向かうのであるが、釈尊が霊山浄土にいるとするのは、この山で多くの大乗経典が説かれたことによる。灌木がとりまく中腹には、出家者が修行にはげんだ多くの洞窟が残る。
【参照項目】➡要偈道場
【執筆者:佐藤良純】