「イスラム教」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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2018年3月30日 (金) 06:19時点における最新版
イスラムきょう/イスラム教
七世紀前半、預言者ムハンマド(五七〇—六三二)によって創始されたセム的一神教の一つ。また、キリスト教、仏教とならぶ世界三大宗教の一つでもある。アッラー(Allah)を唯一絶対の神とする。その信者は特定の民族に限定されず世界各地に分布しており、現在一〇億人を超えるとされる。日本では、古くは「回教」や「マホメット教」と呼ばれていたが、近年はアラビア語の発音に近い「イスラーム」が用いられるようになっている。
[歴史]
アラビア半島の商業都市メッカの名門クライシュ族の一員として生まれたムハンマドは、幼い頃に母親をなくし伯父の庇護のもと育った。二五歳の時、年上の裕福な女性商人ハディーシャと結婚し自らも商人として仕事にいそしんでいたが、経済的安定を得た彼は、次第に世俗から離れメッカ郊外のヒラー山の洞窟に籠もり、瞑想するようになる。そして、四〇歳の時(六一〇年)、天使ジブリールからアッラーの啓示を受けた。自らの使命を悟ったムハンマドは、その当時メッカにおいて優勢だった多神教的偶像崇拝を指弾し、唯一神アッラーへの全面的な帰依を説いて回った。それが原因で地元の有力者たちから危険視されるようになり、六二二年に迫害を逃れて少数の信者とともにメディナへと逃れた(この年を元年とするヒジュラ暦をイスラームでは現在も採用している)。その地で多くの信者を獲得し地盤を固めたムハンマドは、六三〇年、ついに軍勢を率いてメッカへ無血入城を果たし、カアバ神殿に立ち並んでいた多神教の偶像を破壊し、アッラーを崇拝する一神教の勝利を高らかに宣言したのであった。その二年後にムハンマドは死去し、カリフ(政治的指導者としての後継者)としてアブー=バクルが選出され、その後ウマル、ウスマーン、アリーと続いた(正統四カリフ)。アリー暗殺後、ウマイヤがカリフとなり、その後一四代にわたってウマイヤ家がカリフの職を世襲していったが、正統四カリフとその後のカリフをムハンマドの後継者であると認める多数派がスンニ派である。一方でアリーの支持者たちはアリーの血統を正統カリフとするシーア派を形成していった。一一世紀頃より十数回にわたりイスラム教徒はアフガニスタン地方から北インドへと侵入を繰り返すようになった。そして一三世紀にはインド全域がその支配下に置かれた。これを機にインドにイスラム教文化が流入し、また、基幹産業である交易などがアラブ商人に独占されるようになる。インドにおける仏教の衰退はここから始まるといってよい。そもそも初期の仏教は厳格な出家主義を通し、出家者は生産活動に従事することがなかったため、教団の存続は多くの王や富裕な商人の寄進によっていた(それは一方で仏教と一般庶民との接点が希薄であったことを意味し、インドにおける仏教衰退の一因はここにもある)。イスラームの支配はその仏教の経済的地盤を失わせた。
[教義]
イスラム教徒であるムスリムが保持するべきであるとされる基本教義は「六信五行」といわれる。まず、六信とは、ムスリムが固く信仰する神(アッラー)・天使・啓典・預言者・来世・予定(運命)の六つの対象をさす。啓典とは神から啓示された言葉を集めた書物をさし、イスラームの場合それは「クルアーン」になる(かつては「コーラン」と呼ばれていたが、近年はアラビア語の発音に近い「クルアーン」が採用されている)。日本人はイスラームの「クルアーン」をキリスト教の「聖書」に等しいと考えがちである。しかし、イスラム学者のW・C・スミスは、使徒たちが残したキリストの言行録である新約聖書の福音書に対応するものは、ムハンマドの言行録「ハディース」であると注意を促している。また、ムハンマドはあくまでも神の言葉を預かった預言者であり、イスラームにおいてはイエスも「神の子」ではなく、預言者の一人とみなされている。次に五行とは、ムスリムが実践すべき五つの義務のことであり、礼拝・喜捨・断食・巡礼・信仰告白が含まれる。一日に五回、メッカのカアバ神殿の方角に向かい行われる礼拝、年に一度、一ヶ月近くにわたる日中の断食(ラマダーン)、またメッカへの大巡礼などはよく知られている。一方、所有財産の一部を貧者に施す義務である喜捨は、あまり知られていない。他者への施しは他宗教にもひろく見られるとはいえ、それが義務とされているところに、とかく原理主義のイメージで語られることの多いイスラームの違った側面をみることができる。
【参考】臼杵陽『イスラムの近代を読みなおす』(毎日新聞社、二〇〇二)、大塚和夫『イスラーム的—世界化時代の中で』(NHKブックス、二〇〇〇)、小杉泰『イスラームとは何か—その宗教・社会・文化』(講談社現代新書、一九九四)
【執筆者:山梨有希子】