北条政子
提供: 新纂浄土宗大辞典
ほうじょうまさこ/北条政子
保元二年(一一五七)—嘉禄元年(一二二五)七月一一日。法名は如実。二位禅尼や二品禅尼とも妙観とも号した。執権北条時政の娘。源頼朝の妻。『四十八巻伝』二八では、政子が承久元年(一二一九)に実朝の遺骨を津戸三郎為守に託したとする。しかし、公式には実朝の遺骸は勝長寿院に葬られた。また、法然が政子に与えたとする消息が諸伝記に収載されているが、宗論についての禁止程度の内容だけが、当時の幕府が念仏僧に対応した状況に合致しており、歴史事実を裏付けるものといえよう。
【資料】『四十八巻伝』二五、二八(聖典六)、『西方指南抄』『和語灯録』(共に昭法全)
【参照項目】➡鎌倉の二位の禅尼へ進ずる御返事
【執筆者:小此木輝之】