ウィンドウを閉じる

J2980 深川霊巌寺志 摂門 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J20_0254A01: 日東照宮伏見城にて八幡正法寺大超上人を御使とし
J20_0254A02: て召せられ再び生實龍澤の住職を命じ給へり此時春
J20_0254A03: 日の神前にて佛舍利感得の奇瑞ありさて生實に歸住
J20_0254A04: ののち千葉寺の鐘を土中より感得し龍澤山を再建せ
J20_0254A05: らる時に松風の號を加ふ慶長八年安房國に渡り金臺
J20_0254A06: 寺に止錫説法のとき國主里見安房守忠義朝臣の歸依
J20_0254A07: 深く大網村に大巖院を開創のせつは天津山より材木
J20_0254A08: を出すに靈應あり當寺にて四十八夜の別時を始め壽
J20_0254A09: 像に勝瑞の奇感あり本尊を南都より迎へ盜賊源兵衞
J20_0254A10: 發心し石田三成の迷魂を慈濟せらる又上總國五井に
J20_0254A11: 守永寺を起開し里見家に戒を授け同國佐貫善昌寺に
J20_0254A12: 移住し雲水をあつめ檀林の規則を定め湊村に迷幽の
J20_0254A13: 靈を救度し同村に湊濟寺同國小原宿に三經寺を營基
J20_0254A14: あり又姊崎最頂寺を改流再建し下總國生實の大覺寺
J20_0254A15: の起祖となり西國遊化を發意し伊勢國山田に靈巖寺
J20_0254A16: 同國赤桶に心光寺を創立あり因幡國にて前安房國主
J20_0254A17: 里見氏に對面訪會し伯耆國穴鴨に大雲寺の宗旨を定
J20_0254B18: め赤崎に專稱寺を建起せらる又出雲國にうつり朶村
J20_0254B19: に馴願院松江に極樂寺をひらき備前國岡山に靈巖寺
J20_0254B20: を開き石見國に至り湊村極樂寺の記主遠祖の像を拜
J20_0254B21: し嚴島大明神の影向龍神の乞願を船中に感得し花頂
J20_0254B22: 山にのぼりて滿譽大僧正に謁談し上總に歸錫し安房
J20_0254B23: 國檢義谷の大勝院上總國金谷本覺寺安房國保田別願
J20_0254B24: 院等を建起あり又上總國千田稱念寺を改派再興し六
J20_0254B25: 十六才にて依病に瑞感あり生實潮龍上人來訪傳法の
J20_0254B26: 時は龍燈の祥瑞あり江戸にわたりて當山をひらき不
J20_0254B27: 斷念佛開闢の上兩御所君へ御目見すみて西御丸御前
J20_0254B28: にて法問扱の命あり新建の當山に境を添へられ十八
J20_0254B29: 檀林の員に入りて大殿を營備し台命によりて花頂惣
J20_0254B30: 本山に住職入院し鎭守殿をいとなみ東照宮の御宮を
J20_0254B31: 崇奉し本多忠刻の請により播磨國姬路に下向し同所
J20_0254B32: 飾萬津知法寺を創立あり歸京の上仙洞御所にて説法
J20_0254B33: 仰出され院宣によりて院御所にて法問を取扱す台德
J20_0254B34: 院殿薨御により諷經納經として東武に參向の時花頂

ウィンドウを閉じる