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東光寺

提供: 新纂浄土宗大辞典

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とうこうじ/東光寺

滋賀県東近江市平尾町。白鹿背山巨徳院。滋賀教区№二八。当寺縁起については二説あり、一説には推古天皇一五年(六〇七)聖徳太子がこの地を訪れた際、自刻の薬師如来像を安置し道場を建立し、以後、源信によって天台宗寺院として再興されたと伝える。また一説には貞観一五年(八七三)奈良薬師寺の僧、行賀が廃寺小倉山高野寺の別院として建立後、荒廃するも康暦二年(一三八〇)薬師寺の僧、智蓮により復興されたと伝える。永禄一一年(一五六八)戦禍を被って灰燼に帰すが、慶長年間(一五九六—一六一五)に、深誉円知によって浄土宗寺院として再興された。正徳三年(一七一三)・文化六年(一八〇九)・慶応四年(一八六八)と三度の大火に罹るも復興され、近隣に多数の末寺を擁し、知恩院門の中本山格に位した。


【資料】『蓮門精舎旧詞』二四(続浄一八)、『浄土宗寺院由緒書』下(『増上寺史料集』七)、『近江愛知郡志』五(名著出版、一九七一)、『滋賀県市町村沿革史』三(弘文堂書店、一九八八)、『近江輿地志略』七三(同、一九七六)、『東光寺沿革誌』(太田禎一郎、一九七七)


【執筆者:井野周隆】