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御忌

提供: 新纂浄土宗大辞典

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ぎょき/御忌

天皇家・摂関家に連なる人々や祖師高僧忌日法要のことをいい、ひとり浄土宗宗祖法然忌日法要を指すものではない。例えば蓮如は、文明一四年(一四八二)一一月二一日付御文の中で、親鸞忌日法要を指して「御忌」といい、『実如判五帖御文』ではそれに対して「ギョキ」とふりがなを付けている。このように高僧忌日法要を「御忌」とよぶことは、いわゆる「大永の鳳詔ほうしょう」以前に一般的に行われていたといえよう。したがって「御忌」の名称が法然のものに限定されてくるのは、江戸幕府によって総本山と位置付けられた知恩院大永の御忌鳳詔を根拠に広く喧伝けんでんした結果であろう。ただ実際には、法然忌日法要を指して「御忌」というのは、大永の鳳詔より以前の永正一三年(一五一六)に確認できる。すなわちこの年正月、知恩寺二四世聖誉が「当山御忌法要の事、中絶に及び、これを奏聞することを遂げるに及び、愚老初めて執行」することになった(『正法寺文書』)。ここから知恩寺ではそれまでにも法然の「御忌法要」を勤めていたこと、それが中断したので後柏原天皇に「奏聞」をして復活したことがわかり、これが現在のところ浄土宗における「御忌」の初見史料である。


【参考】伊藤真昭「中世浄土宗教団の特質—『祈禱』を手がかりとして—」(『仏教文化研究』五〇、二〇〇六)


【参照項目】➡遠忌御忌鳳詔御忌会


【執筆者:伊藤真昭】