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仏滅

提供: 新纂浄土宗大辞典

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ぶつめつ/仏滅

仏陀入滅のこと。特に釈尊入滅をいう。釈尊は三五歳で成道し仏となり、その後四五年にわたりガンジス河流域を遍歴し教化活動を行い、八〇歳で入滅したとされる。釈尊の晩年の行状、特に入滅前後については『大般涅槃経』に詳しい。しかしながら歴史上実在した釈尊、すなわちゴータマ・シッダールタが、いつ頃生まれいつ頃亡くなったのか、ということについて確定した学説は存在せず、現在ではおおよそ三つの説が並行して認められている。その三つとは①紀元前六二四~五四四年説、②前五六三~四八三年説、③前四六三~三八三年説、である。年代のみで分類すれば、これら三説はさらに細分化されるが、年代を確定させる資料が三種に大別できるために、おおよそ三種の学説が併存するのである。①の紀元前六二四~五四四年説は東南アジアの仏教国が広く採用しているものである。国によっては紀元前六二三~五四三年とするところもある。この説は東南アジアの仏教国の伝説に基づくもので、学問的には疑問の残る説である。ただし仏暦などをつくるにあたっては、この説が基準となっている。②の前五六三~四八三年説は、欧米の学者に広く認められる説である。②と③はともに、アショーカ王の即位年代から釈尊入滅年代を逆算するものであるが、その逆算の基準が異なっているため、釈尊の生存年代にずれが生じるのである。この②説はアショーカ王の即位年代と釈尊入滅年が、二一八年隔たったとするスリランカの伝承に基づいた説である。また中国の伝承でも『衆聖点記』によった説は、おおよそこの年代論と合致する。③は日本で広く認められている学説で、アショーカ王の即位年代と釈尊入滅年の間を一一六年とする説である。これは『十八部論』によった説であり、さらにアショーカ王の年代はギリシアの資料から算出している。以上のように釈尊の生存年代は、どの資料を基準として用いるかによって大きく異なり、またアショーカ王の年代をいつ頃に設定するかによっても異なってくるものである。現状、文献からのアプローチは限界を迎えているが、今後、考古学的資料やその科学的分析に基づいて、釈尊の生存年代が確定される可能性は十分にあると考えられる。


【参考】中村元『インド史Ⅱ』(『中村元選集〔決定版〕』六、春秋社、一九九七)


【執筆者:石田一裕】


六曜の一つ。


【参照項目】➡六曜


【執筆者:編集部】