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失訳経

提供: 新纂浄土宗大辞典

しつやくきょう/失訳経

漢訳者の名が不明な経典のこと。失訳経典ともいう。失訳にはいくつかの原因が考えられる。インド西域の言語で記憶・記録された仏典の漢訳は、後漢の安世高や支婁迦讖しるかせんにはじまるが、当初の漢訳はおもに個人の作業であったため、後になると翻訳者が不明となることもあった。四世紀後半に道安によって編集された『綜理衆経目録』(東晋・孝武太元一〇年〔三八五〕)では、一三四部もの経典が失訳経となっているように、早い時期から翻訳者の名を特定できない経典が多数存在していたことがわかる。翻訳の組織化がすすむ時代になるとこうした失訳経は減少していく。また中国ではしばしば為政者による廃仏毀釈が断行され、多くの仏典が灰燼かいじんに帰すことがあり、これにともない翻訳者の名が失われることもある。しかし、中国仏教においては、たとえ翻訳者の名が失われた経典であっても、歴代の経典目録には失訳の項目にみな並記されて大切に伝承されている。失訳経の中には、その訳文の語彙語法などから翻訳者を推定できる経典も少なからずあり、また中国で撰述された経典(偽経典)が誤って失訳経として伝承されることもある。


【参考】常盤大定『後漢より宋斉に至る訳経総録』(東方文化学院東京研究所、一九三八)、川口義照『中国仏教における経録研究』(法蔵館、二〇〇〇)


【執筆者:齊藤隆信】