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仏伝文学

提供: 新纂浄土宗大辞典

ぶつでんぶんがく/仏伝文学

釈尊の伝記を記した経典類などの総称。仏伝ともいう。仏伝文学釈尊の生涯をテーマとした文献群である。具体的な作品には、パーリ語の「ニダーナカター」(ジャータカの序文)、サンスクリット語の『マハーヴァストゥ』『ブッダチャリタ』(漢訳『仏所行讃』)、また漢訳に伝わる『過去現在因果経』などがある。また仏伝文学釈尊の伝記という意味で用いるのであれば、中国において撰述された僧祐『釈迦譜』、道宣釈迦氏譜』や、さらに中村元『ゴータマ・ブッダ』Ⅰ・Ⅱ(『中村元選集〔決定版〕』一一・一二、春秋社)など現代に著されたものも、この範疇に入るであろう。仏伝文学といえる作品は非常に多く、それを記す言語も多岐にわたる。仏伝文学はもちろん釈尊の生涯を伝えるものであるが、そこに説かれる釈尊はしばしば神格化され、あるいは前世などについて言及されることもある。仏伝文学の歴史的発達は、釈尊讃歎する詩人たちによってもたらされたと考えられている。これは各種律蔵に説かれる仏伝を素材とし、それをより文学的にしたものが仏伝文学であるという考えであり、この意味では仏伝と仏伝文学は異なるものとなる。このような仏伝文学は、釈尊の生涯を客観的に伝えようという意図で記されたものではなく、神話的要素も多分に含まれている。それゆえ仏伝文学に描かれる釈尊は、歴史的な釈尊そのものを表すものと理解すべきではない。歴史的な釈尊像は、仏伝文学の批判的研究から再構成されるべきものである。しかし、だからといって仏伝文学作品に説かれる釈尊が重要ではない、ということにはならない。仏伝文学作品に説かれる釈尊は、さまざまな仏教徒によって理解され、描き出された釈尊であり、そのような釈尊を理解することは、仏教の理解をより深めるであろう。また現在では、仏伝の研究が大乗経典成立を解明するための重要な分野になっており、仏伝文学大乗仏教の成立に関わった可能性が指摘されている。


【参考】平川彰『インド仏教史』上(春秋社、一九七四)、石上善應『仏所行讃』(大蔵出版、一九九三)、平岡聡「変容するブッダ—仏伝のアクチュアリティとリアリティ—」(シリーズ大乗仏教2『大乗仏教の誕生』春秋社、二〇一一)


【執筆者:石田一裕】