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J2920 川越蓮馨寺志 摂門 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J20_0116A01: 守松代へ上田より所替の時皈依により引移寬永四卯
J20_0116A02: 年三月廿五日化
J20_0116A03: 寺記云二世源蓮社想譽廓道も館林にて幡隨上人の
J20_0116A04: 附法三脈相承ののち當寺二世となり正保元年四月
J20_0116A05: 廿九日化
J20_0116A06: ○善蓮社傳譽存慶は信濃國の人川越に修學傳法す後
J20_0116A07: 本國に皈り保科村に地藏山延命寺を再建住持し寬永
J20_0116A08: 七年正月九日死
J20_0116A09: 寺記云建保中保科名跡無之諏訪豐前守淸安保科の
J20_0116A10: 名跡となりその家老久保伯耆守宗高從之法名伯宗淸安
J20_0116A11: 守り本尊地藏尊有之淸安卒後地藏堂を家老に建立
J20_0116A12: 安置せしむ下略
J20_0116A13: ○念蓮社專譽達道は蓮馨寺に入寺止錫二利の玄要尋
J20_0116A14: 究せんと積年累功終に伴頭にすすむときに 東照宮
J20_0116A15: 川越筋御放鷹にて蓮馨寺へ入御の上臨時に一席の法
J20_0116A16: 問仰付られし時達道も御目見仰付らる翌年國師登城
J20_0116A17: 御前法問の時召出され御懇の上意を蒙むる依て國師
J20_0116B18: の執次を以て湯島にて寺地拜領し一宇起造し親縁山
J20_0116B19: 龍池院正行寺と名く天和三年類燒により駒込今の地
J20_0116B20: にうつさせらる
J20_0116B21: ○本蓮社圓譽廓源上人は川越領山田庄三吉野里人七
J20_0116B22: 才にて出家し蓮馨寺に琢磨研究し廿八才にて伴頭に
J20_0116B23: すすむ四十二才の時蓮馨寺住職仰付らる入院し五十
J20_0116B24: 六才の時鎌倉光明寺に昇轉す六十二才にて小田原へ
J20_0116B25: 遁世し其のち又伊勢山田へ閑居し和光の神德を仰が
J20_0116B26: る大猷院殿御代俄に知恩院貫主へ奉書をもつて召せ
J20_0116B27: られ仰付られしかば六十六才にて大谷へ住務し寬永
J20_0116B28: 十五年七月四日逝去七十二才
J20_0116B29: 寺記云廿七才時適出府し本町二丁目に寺地を乞遍
J20_0116B30: 照山光明院法傳寺と名く其のち松平大炊頭内道塲
J20_0116B31: に准せらる明曆三年類燒にあひ小石川戸崎町今の
J20_0116B32: 地にうつる
J20_0116B33: 所賜朱章
J20_0116B34: 蓮馨寺領武藏國入間郡河越領之内貳拾石事天正十

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