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J2840 鎌倉光明寺志 摂門 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J19_0613A01: 按るに當山にて松蔭の硯と稱するは此硯なるべし
J19_0613A02: 此硯鎌倉三代將軍後北條家に傳はりしを經時執權
J19_0613A03: の時記主禪師に歸依せられしかは蓮華寺を佐介谷
J19_0613A04: に建らるるの後布施物として送られしを當山に傳
J19_0613A05: へしなりさるを宗門にて松蔭硯の事舜昌法印か大
J19_0613A06: 師の傳しるせし時傳文にしるせしかばさては此硯
J19_0613A07: なんめりと後世に及ひて名付しを又其のち松蔭硯
J19_0613A08: 大師より聖光に讓與光より記主に傳へしと附會せ
J19_0613A09: しなるべし大師入滅前後圓頓戒並宗門の傳法は光
J19_0613A10: 師其宗をえられしかと什具遺財等に至りては源智
J19_0613A11: 信空湛空などの外光明寺に傳へられし事他書に見
J19_0613A12: えす當山の硯恐らくは此硯なるべし同し平氏所傳
J19_0613A13: なればかの重衡卿の硯と混同せしとしらるかの松
J19_0613A14: 蔭硯實器は大和國當麻寺に納庫のむね近世諸實錄
J19_0613A15: にものせたり或は此硯は次にある所の政子所持と
J19_0613A16: 云は此硯の事にて前條三面の中か
J19_0613A17: 硯 菅相公の所傳と云 又一説に金澤越後守菅公の
J19_0613B18: 硯なりとて家に傳はりしを奉納せりと
J19_0613B19: 硯 二位平政子前所持 是は大師へ念佛安心祈禱の
J19_0613B20: 事尋遣はされし後大師より返翰送らせられしより
J19_0613B21: 常に念佛に歸依し名號を書給ひしを家に傳ける經
J19_0613B22: 時記主上人に歸依數品寄附の其一也と云
J19_0613B23: 大文字彌陀の名號 長サ九間廣サ九尺許一幅
J19_0613B24: 弘法大師筆是を佐野の名號と云安房國佐野金胎寺
J19_0613B25: の什寶なり大師佐野の砂塲にて下書をかかれし故
J19_0613B26: に名とす里見義康かの寺より當山へ納と云又慈照
J19_0613B27: 院義政公當國長谷寺再建の時東國の諸寺院靈寶を
J19_0613B28: 一覽の事ありし時ひそかにかの寺へ寺産を送りて
J19_0613B29: 觀音利生の謝施として長谷寺慈照院へ賜りしを本
J19_0613B30: 山と定むるに及ひて奉納せしとも云
J19_0613B31: 又一説には長谷寺始眞言宗也佐野金胎寺弟子住職
J19_0613B32: の事有しにかの僧持來り慈照院に傳へしを改宗し
J19_0613B33: 當山を本寺と仰ぎし献進のしるしに永く當山の什
J19_0613B34: 寶とせりとも云

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