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編集後記

提供: 新纂浄土宗大辞典

 浄土門主伊藤唯眞猊下、豊岡鐐尓浄土宗宗務総長、石上善應浄土宗大辞典編纂委員長から、有り難くも尊い、「序」「刊行の辞」「編纂の辞」を賜り、ここに浄土宗宗祖・法然上人の御前に『新纂浄土宗大辞典』(以下、『新纂大辞典』と記す)を奉呈するに至ったこと、誠に感慨無量である。

 振り返れば、平成十四年に遡る。浄土宗では、来たる平成二十三年に厳修される宗祖法然上人八百年大遠忌を控え、さまざまな大遠忌記念事業を立案・計画していた。多くの事業の中、宗務当局から浄土宗総合研究所へ委託されたものの一つに、『浄土宗大辞典』(以下、『大辞典』と記す)の点検作業があった。その背景には、この度の編纂にあたり浄土宗大辞典編纂委員長として手厚くご指導くださった石上善應先生が、当時、浄土宗総合研究所所長であられたことがある。申し上げるまでもなく石上先生は、かつて『大辞典』の編纂にあたり、編纂実行委員主任として同事業の中心となって刊行に尽力された方である。はからずもその石上先生から、「いろいろと手直ししたいところがあるから、『大辞典』の点検・改訂作業をお願いしたい」との言葉をかけていただいたのだった。

 昭和四十九年、浄土宗大辞典編纂委員会編『浄土宗大辞典』初版第一巻が、続けて同五十一年に第二巻、五十五年に第三巻、そして五十七年に第四(別)巻がそれぞれ刊行され、爾来、今日まで、浄土宗教師はもとより、初学の大学生から専門研究者に至るまで、その学究に多大なる恩恵を与え続けてきている。

 しかし、早くも半世紀近くの星霜が経過。その間、宗学・仏教学・史学をはじめ学問研究は長足の進展を示し、あるいは、宗宝や各種文化財の指定・解除、新出資料の発見、市町村合併に伴う住居表示の変更などがあり、『大辞典』記載事項に改訂・増補を望む声は日増しに高まっていた。そうした声を受けた上での石上先生から私への指示であった。そこで、石上先生を研究代表として浄土宗総合研究所にチームが編成され、『大辞典』の点検・改訂の作業を進めることになった。立ち上げ当初、平成十四年度のスタッフ構成と作業大綱は以下の通りであった。(敬称略・以下同)


 ●スタッフ構成

  研究代表 石上善應

  研究主務 林田康順  全般、宗学、伝法、布教

  スタッフ 福西賢兆  全般

       戸松義晴  海外の仏教・浄土教

       西城宗隆  法式

       村田洋一  寺院・詠唱

       大蔵健司  宗教学・哲学・習俗

       袖山榮輝  仏教学、特にインド仏教

       柴田泰山  中国仏教・中国浄土教

       吉田淳雄  宗史・史学・国文学

       和田典善  典籍・美術

       石川琢道  人名


 ●作業大綱

  1.総論

    項目内の構成、典籍の引用方法、出典・参考文献の記載方法など、後に凡例となる形式の確認・統一。

  2.既存項目への対応

   ①主分類・副分類の配当

    〈主分類の配当〉

      *宗学、宗史、伝法、布教、法式、詠唱、一般仏教語、宗教・哲学・思想、史学、習俗・民間信仰、仏教美術、経典、書名、人名、寺名、地名、仏・菩薩、天・鬼・神など、組織、成句、保留。

    〈副分類の配当(必要に応じて)〉

      *インド・中国・朝鮮・日本、古代・中世・近世・近代。

   ②新規執筆・編集部内処理への配当

    〈新たな執筆者の選定〉

      *改訂―新たに稿を起こし、現在の内容を書き換える必要があるもの。

      *調査―記述内容に疑問点・不明点があり、正確な調査の必要があるもの。

    〈編集部内での処理〉

      *訂正―誤植や不適切な表現などを編集部で訂正する必要があるもの。

      *増補―現在の記述に書き足すべき事項があるもの。

      *確認―『大辞典』発刊時から現在までに、記載事項に変更・変化が考えられ、現況の確認を要するもの。

      *項目名変更―現在の項目名を変更し、内容についても若干の手直しを要するもの。

      *統合―他の項目の記述内容と重複が多いなどの理由から、一つの項目として統合するのが望ましいと判断されるもの。原則として項目名のみは残し、統合の結果、残った項目を参照するよう指示する。

      *統廃―他の項目の記述に吸収させるもの。原則として、現項目名は残さない。

      *項目名のみ―項目名のみを挙げ、内容については他の項目を参照するよう指示するもの。

      *継続検討―項目として残すべきかどうか、検討を要すると判断されるもの。

      *変更なし

  3.新規項目の選定

   「あ」「い」「う」など、一音毎の検討終了後、各担当者から、周辺分野の研究状況や各種辞典等を参照の上、新規項目候補を提出し、その一々について討議の上、採用・不採用・保留・項目名のみなどの判断を行う(詳細は『教化研究』一四参照)。


 以上のような点検・改訂の作業を進めていたが、「あ」行を終え、「か」行の半ばまで至った時点で大きな課題に直面することとなった。著作権の問題である。

 前述したように、スタッフは『大辞典』記載項目の改訂や増補を前提に作業を進めていたが、『大辞典』全記載項目の著作権の所属が曖昧であることが判明し、このまま進めたとしても、一人でも著作権者から不服の申し立てがあれば、刊行そのものが頓挫しかねない状況であった。口絵や本文中に掲載されている図版などについても同様で、改訂版において使用することは事実上不可能であった。そこで有識者の意見を聞き、宗務当局とも話し合いを重ねた結果、『大辞典』の意趣を継承しつつも、掲載する全項目を記名原稿として新たに執筆し、図版もすべて新規とし、加えて、原稿の書き直し、差し替えなど、今後のいかなる状況にも適切に対応できるよう、その著作権は浄土宗に帰属する手続きをとることを目指した。

 平成十六年二月二十七日、宗内学識経験者が招聘され、浄土宗大辞典編纂準備委員会を開催、有益な討議が交わされた。その結果、同年四月一日、「浄土宗大辞典編纂に関する宗令(宗令第九十七号)」が発令され、同日付けで新たな浄土宗大辞典編纂委員会と同編纂実行委員会が組織されることとなり、宗務当局より委員が選任された。その際、これまで『大辞典』の点検作業に携わってきたスタッフを中心に、その枠を大幅に拡充して編纂実行委員として編集作業が委嘱されることとなった。

 ここに『新纂大辞典』の刊行を、浄土一宗を挙げて進めることが確定した。ただしこの時点では、編纂方針の最終的な結論までは得られず、平成十七年九月八日に開催された編纂委員会において、『新纂大辞典』を全項目にわたって新規原稿・新規図版で進めていくことが決定し、編纂実行委員会へその旨が伝えられることとなった(詳細は『宗報』平成十七年十一月号「大遠忌事務局だより⑯」参照)。


 ●浄土宗大辞典編纂委員会

   委員長 石上善應

  副委員長 伊藤唯眞(平成二十一年二月二十二日まで)

       福𠩤隆善(平成二十一年二月二十三日より同二十七年七月二日まで)

    委員 丸山博正 宇高良哲 佐藤成順 佐藤良純 梶村玄昇 藤井正雄

       長谷川匡俊 廣川堯敏 中野正明 藤堂俊英 中井真孝 成田俊治

       田中典彦 藤本淨彦


 ●浄土宗大辞典編纂実行委員会

   委員長 林田康順

  副委員長 安達俊英

    委員 工藤量導 東海林良昌 名和清隆 村田洋一 石田一裕 宮入良光 西城宗隆

       荒木信道 吉水岳彦 中野孝昭 佐藤堅正 大蔵健司 吉田淳雄 郡嶋昭示

       江島尚俊 石川琢道 曽根宣雄 袖山榮輝 和田典善 柴田泰山 米澤実江子

       大澤亮我 清水秀浩 齊藤舜健 善裕昭


 編纂実行委員長を仰せつかったものの、その立場の重さから、はたして自身に務まるのだろうかと思い悩んだ。しかしこれまでの経緯からそれは免れ得ぬことと判断し、周囲の方々のさらなる支えを願い、謹んでお引き受けすることとした。この時点で、責任の重大さは理解していたつもりではあるが、今振り返れば、それはどこまでも頭の中だけのことであった。

 こうした流れの上に、平成十六年度からは、次のように浄土宗総合研究所における編集体制を増強して、作業を進めることとなった。


 ●スタッフ構成(途中、担当の異動等があったため、平成十四年度からの担当も併せて掲載)

  研究代表 石上善應

  研究主務 林田康順  全般、宗学・伝法

  スタッフ 西城宗隆  法式・葬祭                     

       村田洋一  寺名・詠唱                     

       大蔵健司  宗制・哲学・成句                  

       袖山榮輝  一般仏教                      

       曽根宣雄  宗学                        

       佐藤堅正  一般仏教                      

       柴田泰山  一般仏教                      

       名和清隆  民間信仰・宗教・葬祭                

       東海林良昌 宗史・歴史国文                  

       吉田淳雄  宗史(近代)・宗制・書名(近代)・組織団体・哲学・成句

       和田典善  書名(日本)                    

       石川琢道  人名                        

       宮入良光  布教・仏教美術・宗史(近代)            

       廣本康真  法式                        

       中野孝昭  法式                        

       荒木信道  法式                        

       郡嶋昭示  経典・書名(インド・チベット・中国・朝鮮)・寺名・詠唱

       吉水岳彦  宗学                        

       江島尚俊  宗教・宗史(近代)・人名(近代)・組織団体     

       工藤量導  伝法    

       石田一裕  一般仏教                      

       石上壽應  書名(日本)     

  管理班  大蔵健司(管理班主務)

       石川琢道(項目ファイルの管理)

       和田典善

       佐藤堅正

       郡嶋昭示

       石田一裕

       工藤量導

       大橋雄人


「改訂」から「新纂」へと、その方針が大きく変更されたことにより、編集作業にも抜本的な見直しが迫られ、平成十六年度からは、次のように作業を進めていくこととした。

 まずは、掲載項目の選定作業である。前述のとおり、すでに「あ」行の検討を進める中で新規採用項目を決定する作業を進めていたので、これを引き続き、全体にわたって、かつ、迅速に進めていくこととした。項目選定作業にあたり、『大辞典』採用項目を基本に据えつつ、『新纂大辞典』として掲載するに相応しい項目を、特定の分野に偏ることなく慎重に選定した。その際、新出史料や新しく使われるようになったタームなど、新たに採用すべきであると思われる用語も多く提案されたが、討議を経て、学問的位置づけが定められていないなどの理由から採用に至らなかった用語も多々あった。

 こうした一連の項目選定作業をしつつ、並行して、項目名、その分類・副分類、さらに、項目ごとの執筆文字数など、エクセルファイルを用いて入力作業を進めた。執筆文字数は『大辞典』の掲載量を基本としたが、中項目主義を採用している『大辞典』のうち、特に一般哲学用語に配当されると思われる種々の項目については大幅に分量を見直す手続きをとるなど、全体的に見直し作業を進めた。各担当によって当該分野への思い入れが強い場合もあったが、これも『新纂大辞典』として相応しいと思われる分量を念頭に、討議を経て文字数を調整した。

 以上のような、厳正な項目選定作業を経た結果、最終的には、『大辞典』収載全項目(約六五〇〇項目)を大きく上回る、約九一〇〇項目を採用するに至った。

 項目の選定に関し、人名と寺名について特に一言しておきたい。いわゆる術語とは異なる人名・寺名は、選定者の立場により選定基準に大きな幅があるからである。

 まず人名については、『大辞典』の採用項目を基準に据え、原則としてそれを踏襲することとした。その上で、法然上人の周辺人物については、現存する法然上人の各種法語や周辺の辞典を参照するなどして、可能な限り立項するように努めた。浄土宗総・大本山の歴代門・法主は、仮に情報量が少ない場合であっても、すべての方を掲載することとした。ただし、大本山善導寺・大本山光明寺・大本山善光寺大本願については、資料の限界もあり、浄土宗の大本山に位置づけられて以降の歴代法主は全員掲載したが、それ以前については、ある程度事跡が判明している方に留まった。また、浄土宗宗門功労者に表彰された方については、原則として全員掲載した。なお、門・法主も含め、掲載した人名は、平成二十六年十二月三十一日までに遷化された方とした。

 次に、寺名については、人名同様、『大辞典』の採用項目を基準に据え、原則としてそれを踏襲することとしたが、編集部だけでは選定判断に限界があることから、宗内有識者からなる寺院項目選定研究会を組織し、検討を依頼した。


 ●寺院項目選定研究会

  宇高良哲 中井真孝 中野正明 福田行慈 𠮷水成正 成瀬隆純 鷲見定信

  村田洋一(スタッフ) 郡嶋昭示(スタッフ)


 この寺院項目選定研究会による厳正な検討を経て、掲載寺名を最終決定した。その結果、江戸時代に触頭であった浄土宗寺院をすべて掲載するなど、『大辞典』では徹底していなかった点を補い、その上で、採用された理由を解説本文で明示することを目指した。

 また、当初から進めていた、分野毎の項目内の構成、典籍の引用方法、出典・参考文献の記載方法、略称の一覧など、執筆にあたっての凡例を取りまとめ、『執筆要綱』(A5判・本文三二頁)を作成した。後日、この『執筆要綱』に大幅な増補・改訂を施して第二版を作成することとなる。併せて、「著作権委譲承諾書」など、今後の対応を踏まえつつ、執筆依頼への体制も整えていった。

 執筆者の選定は、その項目に特に造詣が深い方を第一に考えなければならない。しかし、九一〇〇に及ぶ項目数やそれぞれの執筆文字数を考えた場合、自ずと限界があることは言うまでもない。そうしたことから、全国的規模での多様な人材発掘を考慮の上、編纂実行委員の討議を経て、平成十六年十一月二十二日付で、「あ」行中の約五〇〇項目について、「『新纂浄土宗大辞典』項目執筆ご依頼状」を、八十名を超える方に発送するに至った(第一期)。その後、承諾をいただいた方を対象に同十二月八日(京都宗務庁)と十日(東京宗務庁)の二回にわたって執筆者向け説明会を開催。そこで出された意見を編集部に持ち帰り、討議を重ねた上で、平成十七年一月十二日付で、①『執筆要綱』、②項目別指針、③著作権委譲承諾書、④原稿送付時送り状、⑤返信用封筒、⑥担当者名簿の六点を同封して、「『新纂浄土宗大辞典』原稿執筆のお願い」を執筆者宛に発送した。

 この後、第二期(平成十九年一月・約一六〇〇項目)、第三期(同五月・約一四〇〇項目)、第四期(同十一月・約一三〇〇項目)、第五期(平成二十年六月・約二〇〇〇項目)、第六期(同十月、約一三〇〇項目)、第七期(平成二十一年二月、約六〇〇項目)と順次、執筆依頼を重ねる。第七期をもって、大規模な原稿依頼は終了となったが、その後、執筆遅延による引き上げや新規立項による追加執筆依頼など、最終的に執筆依頼は、第三十期まで続くことになる。

 なお、第一期と第二期の依頼に二年近くの期間が空いてしまったのは、前述したように、平成十六年四月の時点では編纂方針の大綱について最終的結論を得ることができず、各立場の有識者から意見聴取を経、平成十七年九月開催の浄土宗大辞典編纂委員会において、全項目を新規原稿・新規図版とすることが最終決定され、順次、編纂実行委員会へその旨が伝えられたことによるものである。編集部ではその時点から、上記のような作業を組み立てることとなった。

 しかしながらこの間、編集部では、今後依頼する多くの執筆者の便宜をはかるため、すでに到着していた原稿約一〇〇項目につき『執筆要綱』に基づいた編集作業を経、『執筆者用見本版』(B5判、三二頁、平成十九年一月刊)の作成を進めていた。さらに、第一期分の執筆依頼に合わせて作成した『執筆要綱』を、第一期執筆者からの意見を踏まえ、大幅に増補改訂して『執筆要綱(第二版)』(A5判、三六頁、平成十九年一月刊)として発行、第一期も含め、それ以降依頼した全執筆者に送付した。


 ここで、『新纂大辞典』掲載原稿の特色について触れておきたい。

 まず、本文中の引用文については、可能な限りその典拠を指示することとした。『浄土宗聖典』『昭和新修法然上人全集』『法然上人伝全集』『浄土宗全書』『浄土宗全書続篇』など浄土宗関係の叢書・全集はもとより、『大正新脩大蔵経』『大日本卍続蔵経』『日本大蔵経』『大日本仏教全書』など大蔵経関係、さらには、『浄土真宗聖典』や『西山叢書』など各宗派の叢書等、仏教関係の一連の叢書の類については、和文であればその釈文、漢文であればその返り点・送り仮名に基づいた書き下し文を掲載し、引用文の直後に、所収の叢書類および巻数・ページ数・段数を示した。所収文献が複数ある場合は必要に応じて記すこととした。こうした方針は、執筆者や編集部にとって、まことに煩瑣な作業となることは承知していたが、原稿の正確さを期することはもちろん、初学者や各寺院僧侶が、可能な限り原文を手にする契機となることを願ったことによる。ただし、編集部の力不足と時間的制約から、仏教関係以外の叢書については十分な対応を取ることができなかった点は大いに反省しなければならない。

 項目本文の末尾には、『大辞典』を踏襲し、関連する資料と参考文献を記載したが、これは『大辞典』以上に充実させることを目指した。特に参考文献については、該当項目に関連する明治以後の代表的な研究業績、定評のある単行本、新説が提示されるなどした学術的に価値の高い論文等を必要に応じて取り上げることとした。ただし、紙面の制約もあり、原則として代表的なもの二、三点を挙げるに留めた。

 こうした原文収載典籍、資料や参考文献の紹介に力を注いだのは、読者諸氏がそれらに当たる機会を増やし、ひいてはそのことが、今後の浄土宗の教えの理解の深まりにつながり、教師による布教教化に厚みと重みをもたらすことになると信じるからである。

 また、項目本文の末尾などに、関連する他の項目名を参照項目としてなるべく多く指示するよう努めた。この点についても、初学者が『新纂大辞典』を引いた際、調べたい内容の本質へと辿り着け、あるいは、その内容の多様な受け止めや展開・発展へと結びつけることができるようにと願ったことによる。参照項目の提示は『新纂大辞典』を手にとる方の思いに十分に応えるだけでなく、そこからの多様な展開を得られる手立てともなっている。

 以上、『新纂大辞典』の特色を含めた詳細については、本書冒頭の凡例を一読していただけると幸いである。

 なお凡例にも記したが、『新纂大辞典』の漢字表記は『大辞典』を踏襲し、原則として常用漢字を使用した。ちなみに、『大辞典』においては、例えば、「佛教大学」は「仏教大学」と表記していながらも、「竜樹」「清涼寺」とはせず、「龍樹」や「清凉寺」と表記されているように、必ずしも漢字表記が統一されている訳ではない。今般、広くご縁をいただいた、一般の出版社において辞典編纂に携わってこられた編集者から一様に、漢字表記の難しさについての嘆きともとれる吐露をうかがった。いわゆる「正字」といっても、文字によっては、どれが正字なのか漢和辞典により見解が異なる場合もあり、点の入れ方一つに始まって、撥ね方に至るまで、万人に受け入れられる基準は未だ見出されていないようである。こうしたことから、『新纂大辞典』においても、原則として常用漢字を使用し、「龍樹」「清凉寺」「佛教大学」等、一部の人名・寺名・組織名等については、旧字・異体字を使用している場合がある。不統一との指摘を免れ得ぬことは重々承知の上、諸般の事情をお酌み取りいただき、万全の対応がとれなかったことを深くお詫び申し上げ、切にご容赦願いたい。


 さて、作業内容に戻りたい。

 平成十九、二十年度は、分野別担当者・主務が中心となり、『執筆要綱』に基づいて到着原稿の校正作業を進め、併せて管理班によって進行を管理した。しかし、膨大な原稿量に加え、編集専従者が皆無という状況、何よりも編纂実行委員長である林田の力不足が、各所で小さなトラブルや進行の遅滞を招くこととなってしまった。そこで、平成二十一年度より、事務作業の分掌を図るため、(有)玄冬書林に作業に加わっていただくこととなった。これまで多数の辞典編纂に携わり、実績を重ねた玄冬書林の参画は、編集部にとってたいへん有り難く、力強い支えとなった。以降、『新纂大辞典』刊行に至るまで、玄冬書林総轄責任者蔵前勝也氏をはじめ、数名の社員の方々による協力を仰ぐこととなるが、その中心を担っていただいた松井智樹氏には頻繁に総合研究所に足を運んでいただき、編集部との原稿のやりとりをはじめ各種事務連絡を重ねた。松井氏による細部にわたる原稿のチェックを編集部スタッフが学ぶことによって、作業能力も格段に向上することとなった。

 結果的に全原稿が到着したのは平成二十四年度末であった。そのため、刊行時期が大幅に遅延する事態を引き起こしてしまったことは、実行委員長としての力不足を露呈するものであり、宗門各位に深くお詫び申し上げなければならない。

 平成二十五年度は、編集部全体としての作業を継続しつつ、順次、一冊の辞典として形を整える作業へと推移していくこととなった。本来、すべての原稿が揃ってから一括で印刷所に入稿するのが望ましいが、それにはかなりの時間的ロスを生じるため、編集部では「あ行」「か行」など、行毎に取りまとめた原稿を順次、入稿する方針とした。そして、「や行」「ら行」「わ行」など比較的項目数の少ない行の原稿をまとめることに力を注ぎ、平成二十五年秋、もっとも項目数の少ない「わ行」の入稿の日を迎えた。

 ここからおよそ三年間、それまで以上に困難な日々が待っていた。この間、膨大な編纂作業の中心を担っていただいたのは、前述した編集部スタッフ、とりわけ管理班八名、また、松井氏をはじめとする玄冬書林、遠藤厚氏ら図書印刷株式会社、そして、小村正孝氏、栗田順一氏、川岸沙綾夏氏、野々口苑香氏をはじめとする浄土宗文化局の職員である。とくに管理班・玄冬書林・文化局の三者は、週に何度も協議を重ね、編集作業上の問題点を解決しつつ、次のように作業を進めた。

 行毎にとりまとめた原稿を図書印刷に入稿し、出校されたものを編集部では「ゼロ校」と呼んでいた。主に松井氏・小村氏、そして林田が目を通していった。特に松井氏には、該当項目だけでなく、一書としての辞書の体裁という視点から、あらためて『執筆要綱』に沿った構成が取られているか、新旧漢字や異体字・略字など、記述されている一文字一文字が妥当か、資料・参考の表現が適切か、仮見出し項目(見よ項目)や参照項目と本項目との齟齬がないか、など細部にわたってのチェックを依頼、多くの問題箇所を指摘していただいた。また、小村氏には、「て・に・を・は」はもとより、『新纂大辞典』の編纂方針でもある、読者にとって記載内容が平易かつ的確な文章となっているか、その記述が『新纂大辞典』としてバランスの取れた内容となっているかといった点についてのチェックを依頼、やはり多くの問題箇所の指摘を受けた。

 この両者による厳密かつ詳細な指摘にもとづき、管理班では、松井氏・小村氏と共にその解決のため、定例日とした毎週月曜日はもちろんのこと、週によっては、ほぼ毎日集まり、夜遅くまで、作業を重ねた。校正を通じて、仮見出し項目や参照項目と本項目との間に多数の齟齬が指摘されるなどした結果、管理班による編集部預かりの原稿執筆という事態も断続的に生じることとなった。指摘された問題の如何によっては、一日に二、三頁しか進まないということもあった。『新纂大辞典』は約一七〇〇頁に及ぶ大部であり、編集作業の日々はあたかも先の見えないトンネルを掘り進めているようにすら感じられた。しかし互いに声を掛けて励まし合い、問題点解決を着実に進めることに努めた。このゼロ校チェックの作業は、図書印刷から出校される校正刷りの全行にわたって進めたが、他の作業と並行して行わざるを得ないことも多々あり、結局丸一年以上続いた。

 チェックを終えたゼロ校に挿入図版のデータを添付して図書印刷に戻し、修正された校正刷りを「初校」とした。この初校については、ゼロ校に赤字で指示した修正箇所が正しく反映されているかの確認を主に、松井氏には、ゼロ校同様、内容の精査も依頼した。松井氏と並行して、管理班でも分担で通読し、二重のチェック体制とした。この作業上でもかなり問題点が浮かび上がり、その解決に相当の時間を費やすこととなった。

 次の「再校」が出揃い始めたのが平成二十七年初夏。再度全文を読み直す時間的猶予はもはやなく、赤字入れ箇所とその前後を精読するに留めざるを得なかった。この作業では文化局・野々口氏による精度の高い校正が救いとなった。

 本来であればあと一、二度は通読したかったが、それは叶わず、刊行後、誤字・脱字ばかりでなく、内容面も含め、思わぬ誤りが発見されることは想像に難くない。それは偏に編纂実行委員長である林田の責めに帰すものである。


 ここで巻末付録について触れておきたい。巻末付録も『大辞典』のコンセプトを継承しつつ、いくつか変更や追加を施した。

「浄土宗略年表」は、『大辞典』での記載事項に、『大辞典』には掲載されていない昭和五十六年以降、平成二十七年十二月までの浄土宗に関係する主な事項を追記した。その際、慶応三年(一八六七)までの事項については、管理班を中心に取捨選択を施しつつ、大正大学に学ぶ大学院生の力を借り、その典拠についての確認作業を施した。また、明治元年(一八六八)以降の事項については、宮入良光氏を主務とする浄土宗総合研究所の浄土宗関連史料の整理研究班のメンバー(東海林良昌氏・吉田淳雄氏・伊藤茂樹氏・石川達也氏・江島尚俊氏)を中心に検討を願った。

「浄土宗総・大本山歴代住持」については、平成二十七年十二月三十一日現在の門・法主までを掲載した。管理班で歴代住持について事前チェックを施した上で、各総・大本山に連絡をとり、確認作業を依頼、念入りに校正をいただいたほか、貴重な提言を頂戴した。

 今回、あらたに「浄土宗総・大本山、本山、特別寺院一覧」「法然上人二十五霊場一覧」「関東十八檀林一覧」、そして「法然上人門流系図」を追加した。「系図」については、その構想を林田が吉田淳雄氏・東海林良昌氏に説明・作成を願った。門下の四流をはじめ、五義四門徒、十五流、二十四流と呼ばれる流れ、さらには、良忠上人門下の六派や一向派の系譜、加えて、現在に至る西山三派、真宗十派など、法然上人門下の多様な流れを一覧にしたもので、有益なコンテンツになるだろう。

 また、『大辞典』で各巻冒頭に掲載していた口絵は、「図版」として、総本山・大本山、法然上人二十五霊場、関東十八檀林、法然上人御影などと、ジャンルごとにまとめて掲載した。写真の借用・掲載を快諾してくださった関係各位に深謝申し上げたい。なお図版の収集、イラストの構想などは、編集部の無理な願いにもかかわらず文化局・栗田氏、川岸氏、小村氏に尽力いただいた。わかりやすいイラストを提供くださった中島宏氏にも心より御礼申し上げたい。巻末に「図版・資料等提供者・協力者一覧」を掲載させていただいた。

 索引については、全項目を①人名、②書名(含、経典名)、③寺院名、④組織・団体・機関、⑤術語など、に分類、「項目名索引」とした。本来ならば、いわゆる語句索引という形で、項目名以外の重要語句も取り上げるべきであったが、時間的な制約から、誠に遺憾ながら断念せざるを得なかった。本文中のサンスクリット語・パーリ語・チベット語については、「梵・巴・蔵語索引」として掲載した。

 なお、『大辞典』に掲載されていた「浄土宗寺院年中行事」「浄土宗文化財一覧」「参考文献一覧」については、当初、すべて掲載予定であったが断念した。「年中行事」については、昨今の寺院を取り巻く状況のめまぐるしい変化により、脈々と受け継がれてきた伝統行事の実施を見合わせているケースが増えていること、一方で新しい行事が続々と開催されていること、あるいは、昨今のインターネット環境の普及により、各寺院のホームページ等を通じて、直接、正確で豊富な情報を得られることなどが、その理由である。「文化財一覧」については、国宝や重要文化財の指定を受けた物件は「浄土宗宗宝」からはずれるとの規定があること、あるいは、昨今の仏像・仏具の盗難被害の多発から、文化財の所在を掲載する場合には各寺院の許可を得る必要があることなどが、その理由である。「参考文献一覧」については、すでに本文中の「参考」欄において、重要書籍や論考の書誌など、必要な情報は提示されることになるので、重複を嫌ったことによる。ご賢察の上、ご容赦いただきたい。


 最後に『新纂大辞典』編纂にあたり、ご指導、ご支援、ご協力をいただいた方々にあらためて感謝の言葉を申し述べたい。

 浄土宗大辞典編纂委員長・前浄土宗総合研究所所長石上善應先生、同副委員長・浄土門主・総本山知恩院門跡伊藤唯眞猊下、同副委員長・大本山百万遍知恩寺法主福𠩤隆善台下をはじめとする編纂委員の先生方、宇高良哲先生・中井真孝先生をはじめとする寺院項目選定研究会の先生方、編纂実行委員諸師、豊岡鐐尓浄土宗宗務総長、岡本宣丈前文化局長、新谷仁海文化局長、大谷光寿課長をはじめとする浄土宗宗務庁、特に栗田順一・小村正孝・川岸沙綾夏・野々口苑香四氏はじめ、参画いただいた文化局職員諸兄、浄土宗総合研究所・藤本淨彦所長、同・今岡達雄副所長をはじめとする浄土宗総合研究所研究員・事務局諸兄には、長きにわたる編纂業務に対し、厳しくも温かいご指導、ご支援を頂戴し、万感の謝意を申し上げるものである。

 何より、総数四三一名にも及ぶ執筆者の方々の尽力がなければ、本辞典は一頁たりとも綴られることはなかった。その点をあらためて肝に銘じ、多忙な時間を割いて玉稿を執筆賜った上に、校正作業などにも協力いただいたことに心より御礼申し上げたい。巻末となってしまったが、「執筆者一覧」を掲載させていただいた。報恩の一端となっていれば幸いである。

 なお、『新纂大辞典』編纂中、浄土門主坪井俊映猊下、丸山博正編纂委員をはじめ、種々にご指導いただき、多くの玉稿を賜った先生方が遷化された。刊行のご報告が叶わなかったのは誠に残念至極であり、あらためて感謝の意を捧げたい。

 また、遠藤氏、小林氏をはじめとする図書印刷の方々には、きわめて正確・高度な作業を遂行していただいた。とくに、細かく膨大な赤字修正指示を迅速かつ正確に反映していただいたことには編集部一同、心から敬服の意を申し述べたい。

 そして、蔵前勝也氏をはじめとする玄冬書林の諸氏、とりわけ、松井智樹氏の尽力には最大限の謝辞を申し上げねばならない。編集部の者は、松井氏の妥協を許さない真摯な取り組みにどれほど教えられ、感化され、また助けられたか計り知れない。心から感謝申し上げる。

 さらに、西城宗隆・村田洋一・大蔵健司・袖山榮輝・曽根宣雄・佐藤堅正・柴田泰山・名和清隆・東海林良昌・吉田淳雄・和田典善・石川琢道・宮入良光・廣本康真・中野孝昭・荒木信道・郡嶋昭示・吉水岳彦・江島尚俊・工藤量導・石田一裕・石上壽應の編集部スタッフ各位には、『大辞典』記載項目のチェック作業や新規採用項目の選定にはじまり、本文中の引用典籍のチェック作業をはじめとする担当項目の念入りな校正作業に至るまで、多忙を極める中、完成原稿へと進め導いていただいた。省みれば、各スタッフとのやりとりを通じて得られた知見は、林田にとって最大の財産であり、感謝の言葉は尽きることがない。

 その中、編集作業に長く携わってこられた経験に基づきご指導くださった大蔵健司氏、項目や内容に冠する膨大な情報の処理を丁寧かつ着実に進めていただいた石川琢道氏、サンスクリット語・パーリ語・チベット語の語句索引の制作をはじめ、広範な語学力で諸問題に対処していただいた佐藤堅正氏・石田一裕氏、たじろぐほど膨大な校正作業や結果的に相当数にのぼった編集部執筆分の原稿作成など、目が回る程の忙しさの中、編集作業に邁進していただいた和田典善・郡嶋昭示・工藤量導・大橋雄人、そして、大蔵・石川・佐藤・石田の管理班諸兄には、どれほどの御礼を申し上げても、決して足りることはない。

 そして、本辞典を一書としてまとめるにあたり、文化局の小村正孝氏には、前述した原稿チェックに留まらず、諸般にわたる作業を朝早くから夜遅くまで管理班と共に進めていただいた。深夜に及ぶ管理班との作業後も残務を処理し、管理班・玄冬書林・図書印刷・文化局で並行して進めていた各種作業の進捗を立体的・総合的・有機的に取りまとめ、スケジュール調整を図るコーディネーター役を一身に担っていただいた。旧知の学友・小村氏の支えが、どれほど心強かったことか。深謝申し上げる。


 以上、都合十四年にも及ぶ制作期間を経て刊行に至った『新纂大辞典』の編集後記を記させていただいた。何よりも私ども編集部は、宗祖法然上人をはじめとする浄土列祖への報恩謝徳の念を忘れずに編纂作業を進めてきた。今般の刊行が、念仏信仰のよりいっそうの布教教化に役立つならば、これ以上の喜びはない。そうした意味でも、『新纂大辞典』の刊行は、宗祖法然上人への報恩謝徳に向けた、新たなスタート地点に立ったに過ぎない。今後、より一層、念仏信仰の教化伝道に精進することを法然上人にお誓い申し上げて擱筆したい。

         合掌


 自信教人信 難中転更難 大悲伝普化 真成報仏恩 願共諸衆生 往生安楽国


平成二十八年一月二十五日  宗祖法然上人八〇五年忌上酬慈恩


浄土宗大辞典編纂実行委員長  林田 康順