良如
提供: 新纂浄土宗大辞典
2018年3月30日 (金) 06:35時点における192.168.11.48 (トーク)による版
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りょうにょ/良如
康永三年(一三四四)—応永一九年(一四一二)二月三日。字は智水。北陸浄土教の発展に貢献した僧。敦賀西福寺の開山。越前国府中、大町氏の子。当地の平泉寺で出家。のちに比叡山に登って天台学を学ぶが、浄土教に傾倒して山を下り、敬法(清浄華院八世)に師事して浄土宗学を修得した。とくに融通念仏の布教に心がけ、頭陀行を行って郷里の越前に遊び、応安元年(一三六八)八月、敦賀西山の横峰で霊感を得、この地に西福寺を創建した。良如は布教の実践家で、海老江に称名寺を建てたのをはじめ近江・越前・若狭の三国にわたって百余箇寺を建てたという。
【資料】『鎮流祖伝』四、『新撰往生伝』三、『総系譜』上、『浄土宗史』
【参考】玉山成元校訂『西福寺文書』解説(続群書類従完成会、一九七三)
【執筆者:今井英之】