長寛元年(一一六三)—仁治四年(一二四三)。武蔵国谷保、一説に下忍角戸しもおしつのと出身。源頼朝の挙兵に参加。建久六年(一一九五)上洛、法然を訪ね専修念仏者となる。源実朝暗殺の際、出家して尊願と称した。法然の消息九通を伝える。仁治四年割腹往生する。
【資料】『九巻伝』四下(法伝全)、『四十八巻伝』二八(聖典六)
【参考】梶村昇『津戸三郎為守』(東方出版、二〇〇〇)
【執筆者:梶村昇】