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存把

提供: 新纂浄土宗大辞典

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ぞんぱ/存把

天文四年(一五三五)—慶長九年(一六〇四)一〇月二一日。宣蓮社檀誉。あざなは九五。結城弘経寺開山瓜連うりづら常福寺三世。相模の人。九歳で道誉貞把の室に入り嗣法し、南都や京都で修学の後、下総国印旛郡寒風村(千葉県佐倉市)に円天寺を開創。天正元年(一五七三)飯沼弘経寺九世となったが、北条氏直と多賀谷重経の合戦により堂宇を焼かれ、下妻に逃れた。文禄三年(一五九四)一一月九日に結城秀康の息女松姫(松樹院)が没すると導師を勤め、寺領五〇石を寄附され結城に弘経寺を再興。また慶長八年(一六〇三)九月一一日に水戸藩主武田信吉(浄鑑院)が没すると導師を勤め、常福寺に住した。世寿七〇歳。


【資料】『鎮流祖伝』五(浄全一七)、『総系譜』『浄源脈譜』『瓜連常福寺志』『飯沼弘経寺志』(以上、浄全一九)、『結城弘経寺志』(浄全二〇)、『浄土列祖伝』(続浄一六)、『浄土宗寺院由緒書』上・中(『増上寺史料集』五・六)


【執筆者:石川達也】