しあく/塩飽
香川県丸亀市沖の本島を中心とする一〇島とその属島大小合わせて二八島で構成される島々を指す。本島は塩飽本島・塩飽島とも称した。法然は土佐への配流の途中、建永二年(一二〇七)三月二六日に本島の笠島の浦に着き、地頭高階保遠入道西忍の館で旅の疲れを休め、西忍に念仏の教えを授けた。その後、西忍は自行化他、念仏の外に余念はなかったという。西忍の館の前に建てられた庵室の跡が専称寺であると伝えられ、また、同島泊の来迎寺も西忍の館の旧跡と伝える。
【資料】『四十八巻伝』三五、『翼賛』三五・五五、『浄土宗寺院由緒書』中(『増上寺史料集』六)、『蓮門精舎旧詞』三六(続浄一九)
【参照項目】➡西忍、専称寺二、来迎寺六
【執筆者:山本博子】