膨大な数の経典を釈尊はどのような順で説いたのかを五段階に分類したもの。劉宋の慧観が仏教を頓教と漸教に分け、漸教を三乗別教・三乗通教・抑揚教・同帰教・常住教に類別し二教五時の教判を説いたのが始まりとされる。その後、劉虬りゅうきゅうが人天教・有相教・無相教・同帰教・常住教に分類し、智顗は華厳時・鹿苑時・方等時・般若時・法華涅槃時の五時と化儀四教と化法四教をあわせ五時八教を説いた。このような五時、あるいは五教に分類する方法は南北朝時代を中心に中国で盛んに行われた。
【参照項目】➡五時八教
【執筆者:横田善教】