「久住静観」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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くずみじょうかん/久住静観
天保七年(一八三六)—明治三四年(一九〇一)一二月一八日。通蓮社達誉善阿。字は趣門。三重の出身。白子城主久住志摩守の子息と伝えられる。明治四年(一八七一)に東京南品川願行寺に入山、二五世となる。また、神谷大周とともに布教に尽力する。同一七年には、神谷の校閲を受け、『説教啓蒙』(第一・第二・第三)一冊を上梓。
【参考】大橋俊雄『浄土宗人名事典』(斎々坊、二〇〇一)、藤原弘道「明治時代における浄土宗の教・学僧著作伝記」(『東山学園研究紀要』一四、一九六九)
【執筆者:上田千年】