「三谷忍暉」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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みたににんき/三谷忍暉
明治一五年(一八八二)—昭和二六年(一九五一)四月一一日。精蓮社勤誉得阿。字は無生。現在の山口県大島郡周防大島町東三蒲に生まれる。同町戸田源空寺珠山順澄の弟子となる。浄土宗学山口支校卒業後、明治三六年(一九〇三)大島町東三蒲幻性寺の住職となる。同四二年『処世の訓話』の上巻、翌年下巻を刊行。昭和二年(一九二七)山口県岩国市岩国の瑞相寺に転住し遷化するまでに、山口教区布教団長、同教務所長、宗会議員、岩国市仏教会長を歴任した。
【参考】大橋俊雄『浄土宗人名事典』(斎々坊、二〇〇一)
【執筆者:横井大覚】