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J3060 浄土宗史 本会 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J20_0598A01: り幕府の保護により。上の諸寺院は孰れも規模を擴
J20_0598A02: 張し。堂宇を輪奐にしたるのみならず。德川氏は自
J20_0598A03: 家祖先の香華院として。新に大藍巨刹を創立し。又
J20_0598A04: 親藩及び譜代の國主大名も宗家に倣ひ。菩提所とし
J20_0598A05: て各城下に本宗寺院を建設するもの多く。上の爲す
J20_0598A06: ところに倣ひ一般民衆も本宗に歸依するもの多く。
J20_0598A07: 都鄙到處に舊地を復興し。新寺を創立したるを以つ
J20_0598A08: て。其の數に於いても前代に十數倍するに至れり。
J20_0598A09: 實に現今全國に碁列する本宗寺院の大多數は。殆ん
J20_0598A10: ど此の時代に至りて建立せられたるものなり。斯く
J20_0598A11: 本宗寺院が本期に入りて頓に增加し且つ擴大せられ
J20_0598A12: たるは。德川氏の愛護と。其れに因つく社會一般の
J20_0598A13: 信用に俟つこと多きは勿論なるも。此の機運に際會
J20_0598A14: して熱心に活動したる諸高僧の事業は。更に之れが
J20_0598A15: 大なる原因をなせることを忘るべからず。新寺建立
J20_0598A16: は元和條目第十五條に。大小之新寺爲私不可致建立
J20_0598A17: 事とあるも。元和以後寬永末年までは盛に建立せら
J20_0598B18: れ。其後も種種の理由を申立て續續建立せられた
J20_0598B19: り。
J20_0598B20: 此れ等の寺院は之れを本末關係により分類すれば
J20_0598B21: 本山(或は本寺と云ふ)と末寺(或は末山末院とも
J20_0598B22: 云ふ)との二種となるも。本山には總本山(京都知
J20_0598B23: 恩院)。本山(京都知恩寺。金戒光明寺。淨華院)。中
J20_0598B24: 本寺。小本寺等の數種あり。中小本寺は上の二本山
J20_0598B25: に對すれば末寺に過ぎざれども。其の下に多數或は
J20_0598B26: 若干の末寺を有するがゆえに。此れ等末寺に對して
J20_0598B27: 本寺或は本山と稱す。本山にかく數種あるが故に。
J20_0598B28: 末寺にも之れに對する關係よりして直末(總本山或
J20_0598B29: は本山末)。孫末(或は又末と云ふ、直末の末寺な
J20_0598B30: り)。曾孫末(孫末の末寺なり)等の別あり。又客末
J20_0598B31: と稱し本山に於いて普通末寺とは特別の待遇をなす
J20_0598B32: ものあり。又無本寺とて何れの本山にも隷屬せざる
J20_0598B33: ものあり。京都一心院・法然寺・松林寺・河内來迎
J20_0598B34: 寺・堺大阿彌陀經寺等の如き是なり

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