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J3060 浄土宗史 本会 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J20_0597A01: に止りしが。時として役者より提出する重要なる案
J20_0597A02: 件を討議せることあり。即ち宗規の變更新定の如き
J20_0597A03: は。いづれも此の會議の決定を要し。重要なる決議
J20_0597A04: には。出席の能化夫夫に署名調印することを例とせ
J20_0597A05: り。尚ほ事件の重大にして且迅速を要し。定期會を
J20_0597A06: 俟つを許ささる場合には。臨時に之れを招集せるこ
J20_0597A07: とも少からず。
J20_0597A08: 檀林の所化衆に關する事務は。月行事の月番之れ
J20_0597A09: を擔當せり。即ち上よりの布令は月行事より概ねこ
J20_0597A10: れを谷頭に達し。谷頭より學寮主に觸れ。學寮主之
J20_0597A11: れを其の同菴に沙汰し。下よりする願屆書等は。學
J20_0597A12: 寮主の手を經て谷頭を通じて月行事に至るを例と
J20_0597A13: し。寺院門末に對するものは。諸國に觸頭の寺院あ
J20_0597A14: りて。錄所より之れに布達し。觸頭より一般に傳達
J20_0597A15: し。又一般寺院より願屆等は。觸頭の手を經て錄所
J20_0597A16: に致されたり。
J20_0597A17:
J20_0597B18: 第四章 寺院
J20_0597B19:
J20_0597B20: 『跡を一廟に占むれば遺法あまねからず。念佛を修
J20_0597B21: せん所は貴賤を論ぜず。海人漁人が苫屋までも。み
J20_0597B22: なこれ予が遺跡なるべし』と宣言せられたる宗祖
J20_0597B23: は。一生の行跡に徴しても非伽藍主義の人なるが如
J20_0597B24: し。然れども遺弟思慕の情は其のままに止むべきに
J20_0597B25: 非らずして。知恩院・百萬遍・黑谷・誕生寺等は祖
J20_0597B26: 跡として又布敎傳道の依處の必要よりして漸次建興
J20_0597B27: せられ。筑後善導寺・鎌倉光明寺・瓜連常福寺・江
J20_0597B28: 戸增上寺等も歷代祖師の弘法の道場として次第に
J20_0597B29: 草剏せられ。其の他諸處に護法扶宗の諸高德の盡力
J20_0597B30: により。本宗寺院は徐徐に其の數を增加し。足利末
J20_0597B31: 葉時代には數百には及びたるが如し。然れども德
J20_0597B32: 川以前に於ては此れ等著名の寺院も。諸宗の其れに
J20_0597B33: 較ぶれば洵に微弱なるを免かれず。其の他の寺院に
J20_0597B34: 至りては概むね堂菴に過ぎざりしが。德川時代に至

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