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理安寺

提供: 新纂浄土宗大辞典

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りあんじ/理安寺

大阪府高槻市京口町。起行山総智院。大阪教区№一八八。開基年次は不明であるが、光誉が開山となっている。もと惣安寺と号し、天正年間(一五七三—一五九二)、兵火により衰退したが、元和五年(一六一九)高槻城主松平家信の後室である牧原氏により、再興された。その法名・総智院殿心誉理安妙恵大禅定尼から、理安寺改名した。摂津国触頭ふれがしらであった。明治四二年(一九〇九)芥川村(現・高槻市芥川町)の万福寺を合併し、その本尊を当寺に安置した。


【資料】『浄土宗寺院由緒書』上(『増上寺史料集』五)、『大阪府全志』三


【参考】宇高良哲「浄土宗の触頭制度について」(『法然浄土教の綜合的研究』山喜房仏書林、一九八四)


【執筆者:藤野立徳】