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永正寺

提供: 新纂浄土宗大辞典

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えいしょうじ/永正寺

和歌山県海南市日方。弁財天山正定聚院。和歌教区№四一。権大納言飛鳥井宗俊の子である上蓮社杲誉こうよが永正年間(一五〇四—一五二一)に開山。後柏原天皇より年号にちなんだ寺号の「永正寺」と「甘露殿」の二つの勅額を賜り山門に掲げたので、門前の町を現在でも御門町ごもんちょうという。天正五年(一五七七)兵乱で焼失。再建するも、同一〇年の豪雨で山が崩れたため、山上にあった堂宇を現在の地に移した。文政一三年(一八三〇)再び火事で焼失したが、十余年の年月を費やして再建され現在にいたる。


【資料】『蓮門精舎旧詞』三四(続浄一九)、『浄土宗寺院由緒書』中(『増上寺史料集』六)、『紀伊続風土記』一九


【執筆者:横田善教】