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畺良耶舎

提供: 新纂浄土宗大辞典

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きょうりょうやしゃ/畺良耶舎

五世紀頃、生没年不明。中央アジア(西域)出身。ⓈKālayaśasの音写語と考えられており、時称とも漢訳される。『高僧伝』三によると、西域の出身で、阿毘達磨戒律に精通しており、とくに禅を最もよくした。元嘉年間(四二四—四五三)のはじめに劉宋の都建康(現・南京)に来て、太祖文帝の信任をうけ、鐘山の道林精舎にとどまる。沙門僧含の願いに応じて『観無量寿経』一巻、『観薬王薬上二菩薩経』一巻を漢訳した。また江陵(湖北省)や蜀(四川省)にも赴いて教化をひろげ、それらの地域に禅法は大いに広まったという。その後、江陵にもどり六〇歳で示寂した。


【参考】坪井俊映『浄土三部経概説(新訂版)』(法蔵館、一九九六)、末木文美士・梶山雄一『観無量寿経 般舟三昧経』(『浄土仏教の思想』二、講談社、一九九二)


【参照項目】➡観無量寿経


【執筆者:齊藤隆信】