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「大雲寺」の版間の差分

提供: 新纂浄土宗大辞典

 
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東京都江戸川区西瑞江。[[長行]]山[[専称院]]。通称は[[役者]]寺・<ruby>赤門寺<rt>あかもんでら</rt></ruby>。東京[[教区]]№二五四。[[知恩院]]の元直末。元和六年(一六二〇)、梵誉[[貞存]]が徳川秀忠の崇信を得て浅草森田町(台東区蔵前)に[[開山]]。寛文八年(一六六八)の大火で類焼し、本所押上村(墨田区業平)に移転。関東大震災で再び<ruby>烏有<rt>うゆう</rt></ruby>に帰し、現在地に移る。[[本尊]]は関東大震災の罹災者と[[納骨堂]]安置の遺骨によって造立した骨仏である。江戸歌舞伎の座元の市村羽左衛門、中村勘三郎や花火の鍵屋などの墓がある。
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東京都江戸川区瑞江。[[長行]]山[[専称院]]。通称は[[役者]]寺・<ruby>赤門寺<rt>あかもんでら</rt></ruby>。東京[[教区]]№二五四。[[知恩院]]の元直末。元和六年(一六二〇)、梵誉[[貞存]]が徳川秀忠の崇信を得て浅草森田町(台東区蔵前)に[[開山]]。寛文八年(一六六八)の大火で類焼し、本所押上村(墨田区業平)に移転。関東大震災で再び<ruby>烏有<rt>うゆう</rt></ruby>に帰し、現在地に移る。[[本尊]]は関東大震災の罹災者と[[納骨堂]]安置の遺骨によって造立した骨仏である。江戸歌舞伎の座元の市村羽左衛門、中村勘三郎や花火の鍵屋などの墓がある。
 
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【参考】磯ヶ谷紫江『大雲寺墓碑銘考』(紫香会、一九五五)、宇高良哲「〈元禄〉江戸・武蔵寺院由緒記」(『江戸浄土宗寺院寺誌史料集成』大東出版社、一九七九)
 
【参考】磯ヶ谷紫江『大雲寺墓碑銘考』(紫香会、一九五五)、宇高良哲「〈元禄〉江戸・武蔵寺院由緒記」(『江戸浄土宗寺院寺誌史料集成』大東出版社、一九七九)
 
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【執筆者:西城宗隆】
 
【執筆者:西城宗隆】

2018年8月22日 (水) 06:39時点における最新版

だいうんじ/大雲寺

東京都江戸川区瑞江。長行専称院。通称は役者寺・赤門寺あかもんでら。東京教区№二五四。知恩院の元直末。元和六年(一六二〇)、梵誉貞存が徳川秀忠の崇信を得て浅草森田町(台東区蔵前)に開山。寛文八年(一六六八)の大火で類焼し、本所押上村(墨田区業平)に移転。関東大震災で再び烏有うゆうに帰し、現在地に移る。本尊は関東大震災の罹災者と納骨堂安置の遺骨によって造立した骨仏である。江戸歌舞伎の座元の市村羽左衛門、中村勘三郎や花火の鍵屋などの墓がある。


【参考】磯ヶ谷紫江『大雲寺墓碑銘考』(紫香会、一九五五)、宇高良哲「〈元禄〉江戸・武蔵寺院由緒記」(『江戸浄土宗寺院寺誌史料集成』大東出版社、一九七九)


【執筆者:西城宗隆】