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了碩

提供: 新纂浄土宗大辞典

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りょうせき/了碩

一八世紀半ば頃、生没年不明。讃蓮社礼誉。幡随院二二世。寛保二年(一七四二)三月一三日増上寺役者説冏の退役により、翌一四日から同三年九月二七日まで在役する。寛延三年(一七五〇)幡随院の寺僧として初めて生涯紫衣を許される。宝暦四年(一七五四)谷中三崎やなかさんさきに普賢山法住寺を開創。江戸中の男女が地形じぎょうの土砂を運び、日ならずして成就したという。


【資料】『下谷幡随院志』(浄全二〇)


【参考】藤本了泰『浄土宗大年表』(山喜房仏書林、一九九四)、宇高良哲編『増上寺所蔵〈幹事便覧〉』一~八(二〇〇八)、『惇信院殿御実記』一二(『新訂増補国史大系』四六、吉川弘文館、一九六六)、今井金吾校訂『定本武江年表』上(筑摩書房、二〇〇三)


【執筆者:南宏信】