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久遠実成

提供: 新纂浄土宗大辞典

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くおんじつじょう/久遠実成

釈尊が永遠の過去においてすでに成仏し、この世に常住し、衆生教化を及ぼしたこと。久遠成実、久成正覚、過去久成ともいう。今世で、はじめて成仏したことを意味する始成正覚しじょうしょうがくに対する語。『法華経寿量品に、「然るに、われは実に成仏してよりこのかた、久遠たることかくのごとし」(正蔵九・四二下)とある。『法華経』の始・久の両意になぞらえ、後世の一部の注釈家は『無量寿経』に説かれた「成仏よりこのかた、およそ十劫じっこうたまえり」(聖典一・二三六/浄全一・一二)の一句に対し、阿弥陀仏も「久遠の弥陀」と「十劫の弥陀」の両意を有するとし、「十劫」ではすでに成仏の久遠を語り、十劫即久遠、久遠即十劫であって、両者はともに真実であるとすべきであると主張した。親鸞が『浄土和讃』で「久遠実成阿弥陀仏」(正蔵八三・六五八下)と語り、顕意の『竹林鈔』に、「三世諸仏正覚は皆十劫正覚阿弥陀仏と成也」(正蔵八三・四七五下)とあるのがそれである。


【参考】中村元他訳注『浄土三部経』(岩波書店、一九九〇)


【参照項目】➡久遠の弥陀


【執筆者:林鳴宇】