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貞松院

提供: 新纂浄土宗大辞典

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ていしょういん/貞松院

長野県諏訪市諏訪。迎冬山月仙寺。長野教区№一九一。文禄二年(一五九三)に増上寺一〇世存貞弟子蓮社隆誉無哲が開山した。触頭ふれがしら寺院であった。もともと慈雲院として存在していたが、改号の由来は初代高島藩主諏訪頼水夫人の法名念仏信者であった夫人は、没後浄土宗の寺に葬られることを願い、正保二年(一六四五)一〇月七日に逝去し、二代目藩主忠恒が慈雲院を再興し改号して母の菩提所にしたという。のち、諏訪の地で配流生活を送っていた徳川家康の第六子、松平忠輝が貞松院六世演誉と親交をもち、母供養のために伝源信作の阿弥陀如来面像一幅を寄進するなどし、天和三年(一六八三)七月三日九二歳で没し、この寺に埋葬された。他に諏訪藩主家関連墓碑もある。昭和一一年(一九三六)に本堂再建、同五五年に大改修を行った。多くの文化財を所持する。


【資料】『蓮門精舎旧詞』二六(続浄一八)、『浄土宗寺院由緒書』中(『増上寺史料集』六)


【参考】『諏訪の名刹』(南信日日新聞社、一九八二)


【執筆者:笠島崇信】