回向院
提供: 新纂浄土宗大辞典
えこういん/回向院
一
東京都墨田区両国。諸宗山無縁寺。通称、本所回向院。東京教区№二五一。明暦三年(一六五七)、四代将軍徳川家綱が明暦の大火での無縁の亡骸を葬る墳墓と念仏堂を建立し回向院となる。開基は念仏堂を建立した貴屋、開山は信誉自心。火事で焼死、溺死した一〇万人のなかの無縁者が幕府により葬られた。また長きに亘り勧進相撲が興行されたり、出開帳が数多く開かれた寺院。後の安政の大地震での横死者、水死者も宗派の区別なく葬られ、家畜などの動物も葬られた。山東京伝、竹本義太夫、鼠小僧次郎吉などの墓がある。また、石造明暦大火横死者供養塔は都の指定文化財。
【資料】『蓮門精舎旧詞』(続浄二〇)
【執筆者:村田洋一】
二
東京都荒川区南千住。豊国山。通称、小塚原回向院。東京教区№三四六。慶安四年(一六五一)に新設された小塚原刑場の刑死者供養のため、本所回向院の住職、弟誉義観が寛文七年(一六六七)に常行堂を創建し開山された寺。安政の大獄の刑死者である橋本左内、吉田松陰、頼三樹三郎や、高橋お伝の墓がある。明和八年(一七七一)に蘭学者杉田玄白らが解剖(腑分け)に立ち合った観臓記念碑がある。
【執筆者:村田洋一】