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ご挨拶

浄土宗大本山増上寺三大蔵の電子化公開
大本山増上寺法主 小澤憲珠

大本山増上寺がその歴史とともに護り続けてきた貴重な什物があります。それは中国の南宋時代(12世紀)に開版された思渓版大蔵経5,342帖、元時代(13世紀)に開版された普寧寺版大蔵経5,228帖、朝鮮半島の高麗時代(13世紀)に開版された高麗版大蔵経1,357冊という三種の大蔵経です。これらは江戸幕府初代将軍の徳川家康公が増上寺に寄進したもので、増上寺ではこの三種の大蔵経を「三大蔵」と呼称しております。

この増上寺所蔵の三大蔵は、仏教の思想、文化、儀礼の宝庫であり、技術史の上からは、東アジアの活字文化と印刷技術の結晶でもあります。大蔵経は「一切経」ともいい、仏教聖典の一大叢書です。そこには釈尊の教えが説かれる経典やインドの論書、さらに中国、朝鮮半島の高僧たちが撰述した論書が含まれます。これらの仏典はある時期に書写の時代から活字印刷になります。それは仏典の文字を版木に刻印して印刷するもので、膨大な量の版木が必要になり、当時の国家の一大プロジェクトの産物です。現存の増上寺の三大蔵もこれをもとに開版されました。

徳川家康公がこれらの歴史的記憶の遺産ともいえる三大蔵を増上寺へ寄進した意図は、日本独自の新たなる大蔵経を編纂し、それをもって日本の社会に平和と安寧をもたらすことであったと伝えられています。現存の増上寺所蔵の三大蔵は、江戸時代のさまざまな災害、明治以降の関東大震災、昭和の東京大空襲など、幾多の危機と困難を乗り越えつつ、東アジアで唯一保存された歴史的遺産でもあります。

近代以降、増上寺が三大蔵を学術界に公開したことで、明治時代には『縮刷大蔵経』、大正時代には『大正新脩大蔵経』の底本および校本として活用され、仏教学が世界規模で大きく進歩を遂げる起因となりました。そしてこの度、三大蔵を収蔵する増上寺経蔵を世界に向けて開放し、ここに仏教の思想、文化、儀礼の典拠、そして東洋における哲学的思惟の源泉が世界に開かれることとなりました。

今後、電子化公開されたこの大本山増上寺三大蔵が基盤となって、世界の仏教研究がさらに進展していくことを祈念しております。

浄土宗大本山増上寺三大蔵の公開にあたって
浄土宗宗務総長 川中光教

今般、全世界に向けてデジタル公開する増上寺が所蔵する三大蔵(思渓版大蔵経、普寧寺版大蔵経、高麗版大蔵経)は、三種の大蔵経という一大仏教聖典叢書であり、その存在は中国宋代と元代および朝鮮半島高麗時代に国家の威信と当時の印刷技術の粋を集めた存在であります。釈尊の言葉(経)と律蔵(律)と大乗および部派仏教における論書(論)という、いわゆる「三蔵」の総体が大蔵経である以上、古代インドおよび中国と朝鮮半島における仏教指導者の言動や思想の記録の総体が大蔵経であり、仏教思想と仏教文化と仏教儀礼の全根拠がこの大蔵経であると言い得るでしょう。さらに大蔵経は、仏教徒が帰依すべき三宝(仏宝・法宝・僧宝)のうちの法宝に他ならず、全世界の仏教徒の礼拝の対象であり、精神的支柱でもあります。

浄土宗と大本山増上寺は、2015年以来、この三大蔵をデジタル化し、さらに世界公開すべく尽力し、今まさに仏教の智慧の宝庫が世界に向けて開かれようとしています。そしてAI技術の飛躍的促進によってもたらされる2023年現在、この増上寺三大蔵は古典知および人類知と人工知への架け橋となり、やがては人類知と人工知を統合した「総合知」への道程を示す存在となっていくことでしょう。これこそ仏教の智慧の新時代であるとともに、仏教の智慧が新時代の基盤となっていく幕開けであります。

混迷を極めるこの21世紀だからこそ、この増上寺の三大蔵という唯一無二なる人類の叡智の至宝が人々の心の拠り所となり、信仰の指針となって、仏教が世界を導く時代となることを、心から念願しております。