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		<title>逆謗除取 - 版の履歴</title>
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		<title>Seishimaru: 1版 をインポートしました</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;1版 をインポートしました&lt;/p&gt;
&lt;table class=&quot;diff diff-contentalign-left&quot; data-mw=&quot;interface&quot;&gt;
				&lt;tr style='vertical-align: top;' lang='ja'&gt;
				&lt;td colspan='1' style=&quot;background-color: white; color:black; text-align: center;&quot;&gt;← 古い版&lt;/td&gt;
				&lt;td colspan='1' style=&quot;background-color: white; color:black; text-align: center;&quot;&gt;2018年3月30日 (金) 06:22時点における版&lt;/td&gt;
				&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td colspan='2' style='text-align: center;' lang='ja'&gt;&lt;div class=&quot;mw-diff-empty&quot;&gt;(相違点なし)&lt;/div&gt;
&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/table&gt;</summary>
		<author><name>Seishimaru</name></author>	</entry>

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		<title>2018年3月30日 (金) 06:22に192.168.11.48による</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;=ぎゃくほうじょしゅ／逆謗除取=&lt;br /&gt;
[[五逆罪]]と[[謗法]]罪を犯したものの[[救済]]に関する釈義のこと。『[[無量寿経]]』の第十八願には「もしわれ仏を得たらんに、[[十方]]の[[衆生]]、[[至心]]に[[信楽]]して我が国に生ぜんと欲して、[[乃至十念]]せんに、もし生ぜずんば、[[正覚]]を取らじ。ただ[[五逆]]と[[正法]]を誹謗するを除く」（聖典一・二二七／[http://jodoshuzensho.jp/jozensearch_post/search/detail.php?lineno=J01_0007 浄全一・七]）とあり、[[五逆罪]]と[[謗法]]罪を犯したものは[[救済]]されないと説く。しかし『[[観経]]』の[[下品]][[下生]]には「あるいは[[衆生]]あって、不善の業たる[[五逆]][[十悪]]を作して、諸もろの不善を具す。かくのごとき愚人、[[悪業]]をもっての故に、まさに[[悪道]]に堕して、多劫を[[経歴]]して、苦を受くること&amp;lt;ruby&amp;gt;窮&amp;lt;rt&amp;gt;きわ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;まりなかるべし。かくのごとき愚人、命終の時に臨んで、[[善知識]]の種々に安慰して、為に妙法を説きて、教えて[[念仏]]せしむるに&amp;lt;ruby&amp;gt;遇&amp;lt;rt&amp;gt;あ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;えり。この人、苦に&amp;lt;ruby&amp;gt;逼&amp;lt;rt&amp;gt;せ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;められて、[[念仏]]するに&amp;lt;ruby&amp;gt;遑&amp;lt;rt&amp;gt;いとま&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;あらず。善友告げていわく、〈汝、もし念ずること能わずんば、まさに[[無量寿仏]]と称すべし〉と、かくのごとく[[至心]]に、声をして絶えざらしめ、[[十念]]を[[具足]]して、[[南無阿弥陀仏]]と称す。[[仏名]]を称するが故に、念念の中において八十億劫の[[生死]]の罪を除く。命終の時、金[[蓮華]]のなおし日輪のごとくなるが、その人の前に住するを見る。[[一念]]の&amp;lt;ruby&amp;gt;頃&amp;lt;rt&amp;gt;あいだ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;のごときにすなわち[[極楽]][[世界]]に[[往生]]することを得」（聖典一・三一二～三／[http://jodoshuzensho.jp/jozensearch_post/search/detail.php?lineno=J01_0050 浄全一・五〇]）とあり、[[五逆]][[十悪]]を犯した悪人でも、[[十念]]を[[具足]]して[[南無阿弥陀仏]]と称することによって金[[蓮華]]の[[来迎]]を見て[[救済]]されると説いている。このように[[浄土教]]の根本聖典である『[[無量寿経]]』と『[[観経]]』との間に[[五逆罪]]と[[謗法]]罪を犯したものに対する[[救済]]について、まったく正反対の説がなされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これに関して、[[中国浄土教]]家が種々の[[解釈]]を施し、両教説の矛盾を説明（[[会通]]）している。[[懐感]]は『[[群疑論]]』三に「古今の[[大徳]]この両経を釈するに十五家ありてともにこの教を解せり」（[http://jodoshuzensho.jp/jozensearch_post/search/detail.php?lineno=J06_0034 浄全六・三四上]／[http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT2018/V47.0043c.html 正蔵四七・四三下]）といって一[[五師]]の異説を出し、&amp;lt;ruby&amp;gt;[[憬興]]&amp;lt;rt&amp;gt;きょうごう&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;は『[[無量寿経連義述文賛]]』中に「昔よりの[[会釈]]自ずから百家を成す」（[http://jodoshuzensho.jp/jozensearch_post/search/detail.php?lineno=J05_0131 浄全五・一三一上]／[http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT2018/V37.0151b.html 正蔵三七・一五一中]）として一三家の説をあげている。しかし[[懐感]]も[[憬興]]も異説を示すのみで[[人師]]の名を記していない。ただし、[[道忠]]の『[[釈浄土群疑論探要記]]』（[http://jodoshuzensho.jp/jozensearch_post/search/detail.php?lineno=J06_0280 浄全六・二八〇上]～七下）にはそのうち九人の[[人師]]の名を示している。『[[群疑論]]』の一五家にこの九人の[[人師]]を合わせると次のようになる。①『[[観経]]』において[[救済]]されるのは[[十悪]][[五逆罪]]を犯しても[[懺悔]]を行ずる人であり、『[[無量寿経]]』で除くといわれて[[救済]]されないのは[[懺悔]]を行じない人である。これは[[元暁]]の『[[大経]]宗要』に説くものである。②『[[観経]]』で[[救済]]されるのは軽い心（軽心）で[[五逆罪]]を造った人であり、『[[無量寿経]]』で除かれるのは重い心（重心）で[[五逆罪]]を造った人である。③『[[観経]]』で[[救済]]されるのは[[五逆罪]]のみを造った人であり、『[[無量寿経]]』で除かれるのは[[五逆罪]]と[[謗法]]罪との二重の罪を犯した人である。これは[[曇鸞]]の『[[往生論註]]』の説である。④『[[観経]]』で[[救済]]されるのは[[五逆罪]]に類似する行為をした人であり、『[[無量寿経]]』で除かれるのは正しく[[五逆罪]]を造った人である。⑤『[[観経]]』で[[救済]]されるのは[[五逆罪]]を犯したけれども、[[菩提心]]をおこした人であり、『[[無量寿経]]』で除かれるのは[[菩提心]]をおこさない人である。これは&amp;lt;ruby&amp;gt;[[道誾]]&amp;lt;rt&amp;gt;どうぎん&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;の『[[観経疏]]』の説である。⑥『[[観経]]』で[[救済]]されるのは、[[五逆罪]]を犯しても[[至心]]に[[阿弥陀仏]]を念ずる人であり、『[[無量寿経]]』で除かれるのは不[[至心]]に[[阿弥陀仏]]を念ずる人である。⑦『[[観経]]』で[[救済]]されるのは十信位の[[菩薩]]の人であり、『[[無量寿経]]』で除かれるのは十信以前の人である。これは&amp;lt;ruby&amp;gt;[[浄影寺]][[慧遠]]&amp;lt;rt&amp;gt;じょうようじえおん&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;の『[[観経疏]]』に説くところである。⑧『[[観経]]』で[[救済]]されるのは&amp;lt;ruby&amp;gt;[[一闡提]]&amp;lt;rt&amp;gt;いっせんだい&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;でない人であり、『[[無量寿経]]』で除かれるのは[[一闡提]]の人である。⑨『[[観経]]』で[[救済]]されるのはすでに[[五逆罪]]を犯した人である。『[[無量寿経]]』で除くというのはまだ[[五逆罪]]を犯していないが、もし犯したならば[[救済]]されないといって、前もって抑止する意義を示したものである。これは[[道誾]]の『[[観経疏]]』、[[善導]]の『[[観経疏]]』に説くところである。⑩『[[観経]]』で[[五逆]]のものも[[救済]]すると説くのは一切[[衆生]]に[[浄土教]]の門戸を広くひらいて、すべてのものの[[救済]]を示すものであり、『[[無量寿経]]』で除くと説くのは門戸を狭めた意である。これは[[迦才]]の『[[浄土論]]』に説くところである。⑪『[[観経]]』で[[救済]]されると説くのは犯した[[五逆罪]]の業が不定業（まだ確定されていない業）であって、これが正業に転ずるからであり、『[[無量寿経]]』で除くと説くのは、この[[五逆罪]]が定業（確定された業）であって、正業に転ずることができないからである。これは[[義寂]]の『[[無量寿経]]疏』の説である。⑫『[[観経]]』で[[救済]]されるのは[[四諦]]の[[道理]]をさとる[[見道]]の位に入る前の階位（軟、頂位）で[[五逆罪]]を犯した人であり、『[[無量寿経]]』で除かれるのはまだ軟、頂位に至らない人である。⑬『[[観経]]』で[[救済]]されるのは[[解脱]]分の分斉（[[解脱]]分）に至る[[善根]]を植えた人であり、『[[無量寿経]]』で除かれるのは[[解脱]]分の[[善根]]を植えない人である。⑭『[[観経]]』で[[救済]]されるのは[[三階仏法]]のうち第二階（[[像法]]）の人であり、『[[無量寿経]]』で除かれるのは第三階（[[末法]]）の人である。これは信行の[[三階教]]の説である。⑮『[[観経]]』で[[救済]]されるのは、ただ[[十念]]を[[具足]]した人であり、『[[無量寿経]]』で除かれるのは[[十念]]を[[具足]]するか[[具足]]しないか不定の人である。これは[[懐感]]の『[[群疑論]]』において説くところである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この問題は日本においても[[良源]]の『[[極楽浄土九品往生義]]』、[[源信]]の『[[往生要集]]』等には中国の諸師の説を基に、広く論じられている。『[[群疑論]]』に説く一五家のうち、[[浄土宗]]では[[善導]]『[[観経疏]]』[[散善]]義（[http://jodoshuzensho.jp/jozensearch_post/search/detail.php?lineno=J02_0069 浄全二・六九]）の説により、『[[観経]]』の[[救済]]を摂取の意味、『[[無量寿経]]』に除くとあるのを抑止の意味を示したものとする。[[法然]]以後の門下においては、中国の諸師と異なり、多くの場合[[善導]]の[[摂取門]]と抑止門の説を基にその論旨が展開されている。&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
【資料】『極楽浄土九品往生義』、『往生要集』、良忠『観経疏略鈔』&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
【参照項目】➡[[悪人往生]]、[[抑止門・摂取門]]、[[唯除五逆誹謗正法]]&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
【執筆者：金子寛哉】&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>192.168.11.48</name></author>	</entry>

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