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		<title>経 - 版の履歴</title>
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		<title>Seishimaru: 1版 をインポートしました</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;1版 をインポートしました&lt;/p&gt;
&lt;table class=&quot;diff diff-contentalign-left&quot; data-mw=&quot;interface&quot;&gt;
				&lt;tr style='vertical-align: top;' lang='ja'&gt;
				&lt;td colspan='1' style=&quot;background-color: white; color:black; text-align: center;&quot;&gt;← 古い版&lt;/td&gt;
				&lt;td colspan='1' style=&quot;background-color: white; color:black; text-align: center;&quot;&gt;2018年3月30日 (金) 06:22時点における版&lt;/td&gt;
				&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td colspan='2' style='text-align: center;' lang='ja'&gt;&lt;div class=&quot;mw-diff-empty&quot;&gt;(相違点なし)&lt;/div&gt;
&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/table&gt;</summary>
		<author><name>Seishimaru</name></author>	</entry>

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		<title>2018年3月30日 (金) 06:22に192.168.11.48による</title>
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				<updated>2018-03-30T06:22:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;=きょう／経=&lt;br /&gt;
ⓈsūtraⓅsuttaの漢訳で、&amp;lt;ruby&amp;gt;契経&amp;lt;rt&amp;gt;かいきょう&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;とも漢訳され、[[修多羅]]と音写される。仏の教えを文章にまとめたものを総称して経と呼ぶ。本来は&amp;lt;ruby&amp;gt;縦糸&amp;lt;rt&amp;gt;たていと&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;を意味し、それから転じて「教えの基本線」「教えを貫く綱要」の意味で用いられる。古代インドの[[宗教]]や哲学の基本的な教えを短くまとめたものをスートラと呼ぶが、[[仏教]]もこれを踏襲して、[[釈尊]]の説いた教えを文章にまとめたものをスートラ（スッタ）と呼ぶようになった。伝説によれば、[[釈尊]]の[[入滅]]を機に、マハーカーシャパ（[[摩訶迦葉]]）が五〇〇人の有能な[[比丘]]を召集し（第一[[結集]]）、ラージャグリハ（[[王舎城]]）郊外の七葉窟で、アーナンダ（[[阿難]]陀）が主となって[[釈尊]]が在世当時に説いた教えを編纂したが、この時にまとめられたものが経である。最初は[[口伝]]で伝えられ、紀元前後に書写されて伝承されるようになった。[[成道]]してから[[入滅]]するまでの四五年間、[[釈尊]]は[[出家]]者や在家[[信者]]を対象に、相手の能力や時宜にかなった法を説いたため（[[対機説法]]）、最初から[[釈尊]]の教えが体系化されていたわけではない。そこで、この[[結集]]では、内容や形式から、[[釈尊]]の教えを分類する必要があった。これが一般に[[九分教]]や[[十二分教]]と言われる分類法で、[[九分教]]の方が[[十二分教]]よりも古い分類法と考えられている。現存する初期経典は、南伝のパーリ聖典では、長部（長い経典の集成）、中部（中位の長さの経典の集成）、相応部（テーマ別に分類された経典の集成）、増支部（[[説法]]内容の法数で分類された経典の集成）、小部（それ以外の経典の集成）の五つに分類され、北伝の漢訳[[阿含]]では、『長[[阿含]]経』（パーリ長部に相当）、『中[[阿含]]経』（パーリ中部に相当）、『雑[[阿含]]経』（パーリ相応部に相当）、『増一[[阿含]]経』（パーリ増支部に相当）の四つに分類され、パーリ小部に相当する漢訳は『[[阿含]]経』としては伝わっていない。古代インドの標準語はサンスクリットと呼ばれるが、[[パーリ語]]（俗語の一つ）で残されている初期経典によれば、[[釈尊]]は[[弟子]]たちに、当時のエリート（[[バラモン]]）の言語であったサンスクリットで[[説法]]することを禁じ、庶民にも理解できる方言で[[説法]]するように命じたとされる。[[釈尊]]自身は方言の一種である半マガダ語を使用したとされるが、明確なことは分かっていない。しかし[[仏滅]]後、時間の経過と共に、初期経典はサンスクリットで伝承されるようになり、紀元前後、盛んに創作されるようになった大乗経典もサンスクリットで書かれている。ただし、これは[[仏教]]混淆サンスクリットと呼ばれ、純粋なサンスクリットとは区別される。こうして誕生したインドの経典は中央アジアを経てチベットや中国に伝播し、それぞれの国の言語に翻訳されていった。なお、広義では、[[一切経]]や[[大蔵経]]というように、すべての[[仏教]]聖典の総称・通称として用いられることもある。&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
【参照項目】➡[[一切経]]、[[大蔵経]]、[[十二分教]]&lt;br /&gt;
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【執筆者：平岡聡】&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>192.168.11.48</name></author>	</entry>

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