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		<title>無量寿経 - 版の履歴</title>
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		<title>Seishimaru: 1版 をインポートしました</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;1版 をインポートしました&lt;/p&gt;
&lt;table class=&quot;diff diff-contentalign-left&quot; data-mw=&quot;interface&quot;&gt;
				&lt;tr style='vertical-align: top;' lang='ja'&gt;
				&lt;td colspan='1' style=&quot;background-color: white; color:black; text-align: center;&quot;&gt;← 古い版&lt;/td&gt;
				&lt;td colspan='1' style=&quot;background-color: white; color:black; text-align: center;&quot;&gt;2018年3月30日 (金) 06:34時点における版&lt;/td&gt;
				&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td colspan='2' style='text-align: center;' lang='ja'&gt;&lt;div class=&quot;mw-diff-empty&quot;&gt;(相違点なし)&lt;/div&gt;
&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/table&gt;</summary>
		<author><name>Seishimaru</name></author>	</entry>

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		<title>2018年3月30日 (金) 06:34に192.168.11.48による</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;=むりょうじゅきょう／無量寿経=&lt;br /&gt;
二巻。『開元釈教録』二によれば曹魏の嘉平四年（二五二）に[[康僧鎧]]が[[洛陽]]の白馬寺で訳したと伝えられる。ただし、[[康僧鎧]]訳出説は種々の観点から史実としては支持されず、&amp;lt;ruby&amp;gt;仏駄跋陀羅&amp;lt;rt&amp;gt;ぶっだばっだら&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;・宝雲の共訳（永初二年〔四二一〕）が最も有力な説。「[[浄土三部経]]」の第一。『[[大経]]』『[[双巻経]]』とも呼ばれる。[[法然]]の『[[和語灯録]]』所収「[[三部経釈]]」に、「『[[双巻経]]』にはまず阿[[弥陀]]&amp;lt;ruby&amp;gt;仏&amp;lt;rt&amp;gt;ほとけ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;の[[四十八願]]を説く。後に願成就を明かせり」（聖典四・二八三／昭法全二七）とあるように、[[法蔵菩薩]]の[[発心]]、[[本願]]とその成就、[[極楽]]の[[荘厳]]、[[阿弥陀仏]]による救いとしての[[三輩]][[往生]]などの教説が示されている。&lt;br /&gt;
==［内容］==&lt;br /&gt;
本経は、[[序分]]・[[正宗分]]・[[流通分]]に三分科される。[[序分]]では、本経の説処が[[王舎城]]近郊の&amp;lt;ruby&amp;gt;[[耆闍崛山]]&amp;lt;rt&amp;gt;ぎじゃくっせん&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;であること、[[会座]]の[[菩薩]]の[[八相成道]]、[[釈尊]]は明るく光り輝く容姿を示し（五徳瑞現）、[[阿難]]がその故を問うという[[因縁]]が説かれている。[[正宗分]]では、それに対する[[釈尊]]の答えが説かれており、[[正宗分]]は大きく分けて、①「所行」（[[法蔵菩薩]]の過去の[[願行]]）、②「所成」（[[極楽]]と[[阿弥陀仏]]。ここまで上巻）、③「所摂」（[[阿弥陀仏]]による摂取。下巻）の三段落によって構成されている。①所行では、[[世自在王仏]]の下で、[[阿弥陀仏]]の前身である国王が[[出家]]し、法蔵と名乗ったという[[出家]]までの[[因縁]]、[[五劫思惟]]、[[四十八願]]、[[四誓偈]]、&amp;lt;ruby&amp;gt;兆載永劫&amp;lt;rt&amp;gt;ちょうさいようごう&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;の[[修行]]などが説かれている。②所成では、法蔵の[[成仏]]、[[仏国土]]の建立が述べられている。すなわち、[[法蔵菩薩]]が十劫の昔にすでに[[成道]]し、[[無量寿仏]]となって[[西方]][[安楽]][[世界]]（[[極楽]]）に現にましますことを説く。以下、[[阿弥陀仏]]の[[光明]]、[[寿命]]が[[無量]]であること、[[極楽]]のありさまとしての宝樹や宝池、[[宮殿]]などのありさま（&amp;lt;ruby&amp;gt;依正&amp;lt;rt&amp;gt;えしょう&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;二報[[荘厳]]）を説いて上巻を終える。③所摂では、まず第十八願成就が説かれ、続けて[[三輩]]段、[[讃重偈]]、[[観世音菩薩]]と大[[勢至菩薩]]について説かれる。その後、[[三毒]]・[[五悪段]]、疑惑を以て[[往生]]した者が[[極楽]]の[[辺地]]の[[七宝]]の[[宮殿]]に五〇〇年間留め置かれること、多くの[[仏国土]]から不退の[[菩薩]]が[[往生]]することが述べられている。以上の[[正宗分]]の内容は、「所行」に対し、その成就である「所成」と「所摂」が述べられるという関係になっている。この関係において、[[阿弥陀仏]]が[[願行]]という因によって仏果を感得した&amp;lt;ruby&amp;gt;[[酬因感果]]身&amp;lt;rt&amp;gt;しゅういんかんかしん&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;であり、したがって[[報身]]仏であることが明確に示されている。[[流通分]]では、&amp;lt;ruby&amp;gt;[[特留此経]]&amp;lt;rt&amp;gt;とくるしきょう&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;と、[[会座]]の[[大衆]]の得益を述べて、結びとなっている。&lt;br /&gt;
==［流伝と[[解釈]]］==&lt;br /&gt;
〈[[無量寿経]]〉の原初形態は西暦一〇〇年頃、クシャーナ王朝支配下の北西インドにおいて成立したと推測される。それ以後、『[[大智度論]]』に法蔵説話が紹介され、『[[十住毘婆沙論]]』には[[阿弥陀仏]]の[[本願]]が示される。さらに[[世親]]には『[[無量寿経優婆提舎願生偈]]』（『[[往生論]]』）があり、〈[[無量寿経]]〉の名を用いる。中国に伝来して以降、一たび『[[無量寿経]]』が訳出されるや、[[曇鸞]]は『[[往生論註]]』を著して[[易行道]]を『[[十住毘婆沙論]]』の所説に基づいて再定義し、『[[無量寿経]]』を中心として[[浄土教]]の体系化を計った。他方では[[浄影寺]][[慧遠]]、嘉祥寺[[吉蔵]]をはじめとする諸宗の学者たちにより、註釈研究と[[浄土教]]研究が進められた。[[道綽]]・[[善導]]は[[浄土]][[往生]]の根拠を『[[無量寿経]]』所説の[[阿弥陀仏]]の[[本願]]に求め、[[阿弥陀仏]]をその法蔵説話に基づいて「[[報身]]仏」と規定するに至った。日本へは、六四〇年に『[[無量寿経]]』講説の記録があることから、七世紀の中葉にすでに伝来していたことが知られる。その後、南都・天台の[[浄土教]]において研究が進められた。[[法然]]が[[浄土宗]]を開くに至り、「[[浄土三部経]]」の一つに選定され、[[浄土教]]の根本聖典の一つとして重視されることになる。特に『[[選択集]]』に言う「[[選択]]」とは、法蔵説話において[[阿弥陀仏]]の因位たる[[法蔵菩薩]]が二百一十億の諸仏刹土からその精髄を選びとったことを意味するものであり、[[凡夫]][[往生]]の根拠としてその第十八願を最重要視する。[[法然]]以後、[[浄土宗]]はもちろんのこと、[[法然]]門下を[[宗祖]]とする各宗にあってはそれぞれの立場から「[[浄土三部経]]」の一つとして『[[無量寿経]]』は尊重されている。[[浄土宗]]における本経の[[解釈]]には、[[法然]]の『[[無量寿経釈]]』があるものの、これは[[法然]]の領解を示したものであって、逐語釈ではない。[[聖光]]、[[良忠]]には註釈書はないが、それぞれの著作の中で『[[無量寿経]]』の[[解釈]]について言及される。逐語的注釈書としては[[道光]]『[[無量寿経鈔]]』七巻、[[聖聡]]『[[大経直談要註記]]』、[[観徹]]『[[無量寿経合讃]]』、[[義山]]（[[素中]]）『[[無量寿経随聞講録]]』がある。明治以後にはさらに種々の解説書が登場し、特に[[坪井俊映]]『[[浄土三部経概説]]』は、[[浄土宗]]の立場からする『[[無量寿経]]』の標準的な[[解釈]]を示すものとして重用されている。&lt;br /&gt;
==［諸本］==&lt;br /&gt;
梵本はⓈSukhāvatī-vyūha（[[極楽]]の[[荘厳]]）の経題を有するものが現存し、ネパール出土の写本は藤田宏達『梵文[[無量寿経]]写本ローマ字本集成』三巻（山喜房仏書林、一九九二、九三、九六）によって紹介される。またアフガニスタンのバーミヤンで発見された現存写本の中で最古とされるものがあり、これは六〜七世紀に遡ると推定されている。梵本の刊本は七本あり、①マックス・ミュラー、南条[[文雄]]共編②[[大谷]]光瑞③[[荻原雲来]]④P. L. Vaidy⑤足利惇氏⑥香川孝雄⑦藤田宏達によって校訂がなされている。チベット語訳は、チベット[[大蔵経]]カンギュルの宝積部に『大宝積経』第五会として収められている。経題はⓉ’phags pa ’od dpag med kyi bkod pa zhes bya ba theg pa chen po’i mdoとなっている。訳者は、トクパレス写本、デルゲ版、ラサ版などの奧書によると、それぞれジナミトラ、ダーナシーラ、イェシェデとされるが、北京版ではルイゲェンツェンとされる。[[願文]]の数は四九。[[三毒]]段・[[五悪段]]を欠くなど、梵本と同様の特徴を持つ。刊本としては、①河口[[慧海]]②「[[浄土教]]の総合的研究」研究班（[[佛教大学]]総合研究所）によるものがある。この他に、サンスクリット本から訳出されたと考えられるコータン語訳がある。また漢訳からの重訳として、チベット語訳、ソグド語訳、[[ウイグル]]語訳、西夏語訳、満州語訳が知られ、また、チベット語訳からの重訳としてモンゴル語訳が知られている。漢訳には一二本あったとされ、『[[無量寿経]]』の他、『[[阿弥陀三耶三仏薩楼仏檀過度人道経]]』『[[無量清浄平等覚経]]』、『大宝積経』「[[無量寿如来会]]」、『[[大乗無量寿荘厳経]]』の計五本が現存しており、他七本は伝わっていない。このことを一般に[[五存七欠]]という。&lt;br /&gt;
==［現代語訳］==&lt;br /&gt;
[[梵語]]からの近代語訳は、マックス・ミュラーによるものを&amp;lt;ruby&amp;gt;嚆矢&amp;lt;rt&amp;gt;こうし&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;とする。また南条[[文雄]]、[[荻原雲来]]、岩本裕、藤田宏達、[[平等]]通照らによる和訳がある。漢訳からの和訳としては、『[[現代語訳浄土三部経]]』（[[浄土宗総合研究所]]、二〇一一）などがある。チベット語訳からの和訳は、河口[[慧海]]、青木文教などが行っている。&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
【所収】聖典一、浄全一、正蔵一二&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
【参考】望月信亨『浄土教の起原及発達』（山喜房仏書林、一九七二）、坪井俊映『浄土三部経概説』（法蔵館、一九九六）、中村元他『浄土三部経』上（岩波文庫、一九九〇）、池本重臣『大無量寿経の教理史的研究』（永田文昌堂、一九五八）、藤田宏達『原始浄土思想の研究』（岩波書店、一九七〇）、同『浄土三部経の研究』（同、二〇〇七）、香川孝雄『無量寿経の諸本対照研究』（永田文昌堂、一九八四）、同『浄土教の成立史的研究』（山喜房仏書林、一九九三）&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
【参照項目】➡[[大経]]、[[双巻経]]、[[八相成道]]、[[五存七欠]]&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
【執筆者：齊藤舜健】&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>192.168.11.48</name></author>	</entry>

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