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		<title>浄土三部経 - 版の履歴</title>
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		<title>Seishimaru: 1版 をインポートしました</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;1版 をインポートしました&lt;/p&gt;
&lt;table class=&quot;diff diff-contentalign-left&quot; data-mw=&quot;interface&quot;&gt;
				&lt;tr style='vertical-align: top;' lang='ja'&gt;
				&lt;td colspan='1' style=&quot;background-color: white; color:black; text-align: center;&quot;&gt;← 古い版&lt;/td&gt;
				&lt;td colspan='1' style=&quot;background-color: white; color:black; text-align: center;&quot;&gt;2018年3月30日 (金) 06:25時点における版&lt;/td&gt;
				&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td colspan='2' style='text-align: center;' lang='ja'&gt;&lt;div class=&quot;mw-diff-empty&quot;&gt;(相違点なし)&lt;/div&gt;
&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/table&gt;</summary>
		<author><name>Seishimaru</name></author>	</entry>

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		<title>2018年3月30日 (金) 06:25に192.168.11.48による</title>
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				<updated>2018-03-30T06:25:13Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;=じょうどさんぶきょう／浄土三部経=&lt;br /&gt;
[[法然]]が所依の経典として定めた『[[無量寿経]]』『[[観経]]』『[[阿弥陀経]]』の総称。[[浄土]][[往生]]を説く経典が多く中国に伝えられたなかにおいて、『[[無量寿経]]』は一二回、『[[観経]]』は二回、『[[阿弥陀経]]』は三回翻訳されたと伝えられている。その中より[[康僧鎧]]訳の『[[無量寿経]]』二巻と&amp;lt;ruby&amp;gt;[[畺良耶舎]]&amp;lt;rt&amp;gt;きょうりょうやしゃ&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;訳の『[[観経]]』一巻、[[鳩摩羅什]]訳の『[[阿弥陀経]]』一巻の三部四巻の経を「[[浄土三部経]]」と名付け、正しく[[往生]][[浄土]]をあかす経としたのは[[法然]]の『[[選択集]]』である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[法然]]の決定の依り処となったのは、[[善導]]『[[観経疏]]』[[散善]]義にあかす&amp;lt;ruby&amp;gt;[[就行立信]]&amp;lt;rt&amp;gt;じゅぎょうりっしん&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;釈である。ここでは、[[本願]]に対する深信を確固たるものにするために行ずる五種の[[正行]]を説くが、その初めに[[読誦]][[正行]]すなわち、『[[観経]]』『[[阿弥陀経]]』『[[無量寿経]]』等の[[読誦]]をすすめている。これは[[本願]]に対する[[信心]]を確固不動のものにするために修する行であるが、[[法然]]はこれを[[浄土]][[往生]]の[[五種正行]]（[[往生行]]）とし、[[世親]]『[[往生論]]』・[[曇鸞]]『[[往生論註]]』・[[善導]]『[[往生礼讃]]』等が重視する[[五念門]]を無視している。このように[[五種正行]]の初めに出る[[読誦]][[正行]]には明確に三経の名を列記していることから、「偏えに[[善導]]一師に依る」という立場で『[[無量寿経]]』等の三経を「[[浄土三部経]]」と名づけたのであろう。&lt;br /&gt;
『[[無量寿経]]』は元来、大乗[[菩薩]]道を実践した[[法蔵菩薩]]の[[四十八願]]とその成就による[[阿弥陀仏]]の構える[[浄土]]の[[荘厳]]の美をあかし、その[[浄土]]へ[[往生]]を願う上中[[下輩]]の三類の人が修する行を説いている。これに続いて[[現世]]が貪・瞋・痴の三[[煩悩]]および五悪によって汚れた[[世界]]であることをあかして[[浄土]][[願生]]をすすめている。『[[観経]]』は[[王舎城]]における国王[[家族]]の家庭悲劇によって苦境に陥った王后の[[韋提希]]夫人が[[釈尊]]に救いを求め、苦悩のない[[安楽]][[浄土]]を求めたのに対し、[[釈尊]]は一六種の観想行を説いて[[浄土]]は美しく[[安楽]]な[[国土]]であって、すぐれた仏・[[菩薩]]がましまし、その[[浄土]]に[[往生]]する行等についてそれぞれに観想行を説き、終わりに[[阿難]]に[[名号]]を[[付属]]したことをあかしている。『[[阿弥陀経]]』は[[西方]]十万億仏土を過ぎたかなたに[[極楽浄土]]の在ることをあかし、その[[浄土]]は[[七宝]]で出来た美しい[[世界]]であり、教主は[[光明無量]]・[[寿命無量]]の[[阿弥陀仏]]であり、[[浄土]]に[[往生]]した者はみな[[不退転]]位が得られるとして、[[浄土]][[往生]]をすすめ[[往生行]]として[[名号]]の執持七日間の行を説き、命終には仏の[[来迎]]が得られるという。この[[名号]]の執持による[[往生]]に疑惑の生ずることをおそれて、東南西北下上の六方[[世界]]にまします諸仏が[[証明]]され、教えのごとく行ずる者は[[現世]]において諸仏[[護念]]、[[来世]][[往生]]の益が得られることを説きあかしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように[[三部経]]は、通じて[[浄土]]の美と楽をあかし、その[[浄土]]へ[[往生]]するために修する諸種の行を説いているが、[[法然]]は[[善導]]の意をうけて、「三経は共に[[念仏]]を[[選択]]して以て宗致となす」（『[[阿弥陀経釈]]』昭法全一四五）といって三経の主意は通じて[[念仏往生]]にあるという。これが[[法然]]の三経観であり、一具経とし、さらに正[[往生]]教、有功[[往生]]教、[[具足]][[往生]]教と呼んで（『[[無量寿経釈]]』六八）三経相互の間に差別をつけない。しかし、それぞれの経は独立した経典であるから特色として『[[無量寿経]]』は[[本願]][[念仏]]、『[[観経]]』は[[念仏]]の[[末法]][[付属]]、『[[阿弥陀経]]』は[[念仏往生]]の[[証明]]を説くことを主意とするという。さらに[[法然]]は三経に七[[選択]]ありといって『[[無量寿経]]』に[[選択]][[本願]]・[[選択]]留教・[[選択]][[讃歎]]の三をあかし、『[[観経]]』では[[選択]]摂取・[[選択]][[付属]]・[[選択]]化讃の三を、『[[阿弥陀経]]』では[[選択]][[証誠]]の一をあかしている。これは[[浄土]][[往生]]の行に種々な行があるが、[[弥陀]]・[[釈迦]]・諸仏は[[念仏]]の一法のみを選び取って[[本願]]を誓い、また[[六方諸仏]]が[[証明]]したのであって、七[[選択]]は[[弥陀]]・[[釈迦]]・諸仏の大悲を具体的に示したものということができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、三経相互の関係について説示[[次第]]といって、[[釈尊]]は初めに『[[無量寿経]]』を説き、次いで『[[観経]]』、続いて[[結経]]、勧信の経として無問自説の『[[阿弥陀経]]』を説いたという。その中で『[[観経]]』については、[[一経二会]]、[[一経両宗]]が説かれ、観仏は[[王舎城]]宮と&amp;lt;ruby&amp;gt;[[耆闍崛山]]&amp;lt;rt&amp;gt;ぎじゃくっせん&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;の二会の[[説法]]を記すものであり、さらに[[観仏三昧]]と[[念仏三昧]]の二宗を説く経とする。[[浄土宗]]義は三経について「[[総依三経別依一経]]」といって、三経の中で特に『[[観経]]』を重視する。これはいうまでもなく、[[善導]]の『[[観経疏]]』[[散善]]義に説かれる[[五種正行]]の中の[[称名]][[正行]]をもって「[[順彼仏願故]]」の行としていることが、[[法然]]の[[浄土]][[開宗]]の契機をなすものであり、この点より『[[観経]]』を重視するという。さらに『[[阿弥陀経]]』については三経の[[結経]]といい、仏に問を出す言葉のないところより無問自説の経という。さらに[[六方諸仏]]の[[証誠]]について、[[念仏往生]]に誤りのないことを信ずる勧信の経ともいわれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお『[[阿弥陀経]]』の[[読誦]]について、[[法然]]は毎日唐音・[[呉音]]・[[訓読]]みで三巻を読んだといわれ、[[隆寛]]は[[法然]]が『[[阿弥陀経]]』を四八巻読んだことを伝えている。しかし後には[[読誦]]をやめ、ただ[[念仏]]のみにしたといい、[[隆寛]]は[[念仏]]三万遍を称えたという。&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
【参考】坪井俊映『浄土三部経概説』新訂版（法蔵館、一九九六）、藤田宏達『浄土三部経の研究』（岩波書店、二〇〇七）、浄土宗総合研究所編『現代語訳浄土三部経』（浄土宗、二〇一一）、同『The Three Pure Land Sūtras』（同、二〇一四）&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
【参照項目】➡[[無量寿経]]、[[観無量寿経]]、[[阿弥陀経]]&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
【執筆者：坪井俊映】&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>192.168.11.48</name></author>	</entry>

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