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		<title>一心三観 - 版の履歴</title>
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		<title>Seishimaru: 1版 をインポートしました</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;1版 をインポートしました&lt;/p&gt;
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				&lt;/tr&gt;&lt;tr&gt;&lt;td colspan='2' style='text-align: center;' lang='ja'&gt;&lt;div class=&quot;mw-diff-empty&quot;&gt;(相違点なし)&lt;/div&gt;
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		<author><name>Seishimaru</name></author>	</entry>

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		<title>2018年3月30日 (金) 06:19に192.168.11.48による</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;=いっしんさんがん／一心三観=&lt;br /&gt;
[[天台宗]]で説かれる[[観法]]の一つ。[[空・仮・中]]の[[三諦]]を証得する[[観法]]。[[三観]]とは従仮入空観（空観）・従空入仮観（仮観）・[[中道]]第一[[義観]]（中観）であり、それらを[[一心]]中に、つまり同時一体的に&amp;lt;ruby&amp;gt;把捉&amp;lt;rt&amp;gt;はそく&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;するのでこう呼ばれる。空諦とはすべての存在は実体を有しないものであり、単独で成立しているものは何一つないことをあらわしている。しかしながら現実にはそこに[[認識]]できる対象として存在するのであり、けっして無ではない。様々な[[因縁]]により、個々別々のものとして現出していることを示すのが仮諦である。これら二つは存在のありようの両面をあらわすが、それは一つの真実を違う角度から見たもので、その一方に偏することは真実のすがたを正しく捉えているとはいえない。そこで、空でありながら仮であるという、空と仮が等しく存在の真実のすがたとしてあらわれているのを明かすのが中諦である。一見すると中諦は、空諦と仮諦を止揚した究極の真理のように思われるが、これら[[三諦]]はすべて真理であり、したがって優劣はなく即空即仮即中として捉えることができる。この[[三諦]]を体得する方法として[[三観]]が示される。従仮入空観は、常に対象として実在的に捉えていたものを実は実体性のないものであり、空であると観じるものである。しかし、空という立場で真実のすがたを捉えようとすると、空に固執するという偏った見方をしたり、あるいはあたかもすべて無であるかのような誤りにおちいる。本来、空とは対象に対する固執した捉え方を否定し、実体性を否定するにもかかわらず、空が強調されるあまり逆にそれ自身に固執してしまうのである。そこで空の立場からは、個々別々の[[一切法]]が仮に和合して表出しているのを観じるとき、空に固執せず正しく空・仮の両面から捉えることができるという。これが従空入仮観である。また、[[中道]]第一[[義観]]は、前二観のように空と仮に分けて捉えるのではなく、空と仮を包含し統一された一つの実体として存在する[[一切法]]のありようを十全的に観じるものである。なお、即空即仮即中という[[三諦]]の関係からすると、それらを観じる[[三観]]も別々に把捉できるものではない。[[一心]]の中に同時一体的に、[[一切法]]のあるがままのすがたを把捉することで体得できるのである。[[智顗]]はこれを「不[[次第]][[三観]]」として、順を追って[[実相]]を把捉しようとする「[[次第]][[三観]]」と区別する。[[三観]]については『&amp;lt;ruby&amp;gt;[[瓔珞]]&amp;lt;rt&amp;gt;ようらく&amp;lt;/rt&amp;gt;&amp;lt;/ruby&amp;gt;経』に説かれるところであるが、それを[[一心]]中に把捉するところに天台の独自性がある。&lt;br /&gt;
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【資料】智顗『摩訶止観』三上（[http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT2018/V46.0024b.html 正蔵四六・二四中]）&lt;br /&gt;
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【参照項目】➡[[三諦円融]]、[[空]]、[[仮]]、[[三諦]]&lt;br /&gt;
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【執筆者：横田善教】&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>192.168.11.48</name></author>	</entry>

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