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稲岡庄

提供: 新纂浄土宗大辞典

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いなおかのしょう/稲岡庄

法然の生誕地。『四十八巻伝』に登場する地名としては、久米南条稲岡庄くめのなんじょういなおかのしょう。現在の岡山県久米郡久米南町里方にあたる。かつて久米と呼ばれたこの地域は南北に南条・北条とに分かれ、稲岡庄は南条に位置したと考えられる。『九巻伝』には、「美作国久米の南条いなをかのきたの庄栃社とちこそなり」(浄全一七・一〇三下/法伝全三四〇下)とあり、かつて稲岡庄にも南北の区分があった。『翼賛』一には栃社の地名が使用されているとあるから、江戸時代中期ごろは呼称として用いられていたと考えられる。今はこの地に浄土宗特別寺院誕生寺が建立されているが、その山号栃社山であり、往時を偲ばせる。


【参考】三田全信『成立史的法然上人諸伝の研究』(平楽寺書店、一九六六)


【参照項目】➡栃社


【執筆者:東海林良昌】