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清水寺

提供: 新纂浄土宗大辞典

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きよみずでら/清水寺

京都市東山区清水。音羽山。古くは北観音寺と称す。北法相宗本山。西国三十三所第一六番。大和国高取の子島寺(南観音寺)の延鎮が、観音の夢告により音羽の滝に至り、延暦一七年(七九八)坂上田村麻呂の助成を得て、十一面観音像を造り、創建したと伝える。平安時代中頃から南都興福寺の客末寺院となり、延暦寺と抗争を繰り返し堂舎の焼亡をみた。文治四年(一一八八)法然説戒を縁として瀧山寺阿弥陀堂)の不断常行念仏が始まる。寛永六年(一六二九)ほぼ一山を焼失。同一〇年再建の舞台造り(かけ造り)の本堂は国宝。十一面観音立像・西門・鐘楼など国重要文化財。


【資料】『清水寺建立記』『清水寺縁起』(仏全一一七)、『清水寺史』三(清水寺、二〇〇〇)


【参考】『清水寺史』一・二(清水寺、一九九五・一九九七)、横山正幸『ガイドブック清水寺』(法蔵館、一九九六)


【参照項目】➡瀧山寺


【執筆者:山本博子】